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2005年07月14日
先日自分の予定表なんかをぼーっと見ていたら、バンコクの空港に到着するのが夜中近く(到着時刻で23時)になる、ということをふと思い出して、ここはちょっと飛躍しますが、「あ、現金を持っておいたほうがいいな」という気分になりました。というのも、私のリサーチアシスタントとして働いてくれる予定になっている、大学院生の女の子とその友人の女の子がふたり、迎えに来てくれることになっているのですが、もし夕方とかだったらお食事でも一緒にしておごちそうしてお礼して、なんて思ってたんですけど、そんな時間よりはるかに遅い時間なんですよね。私のために働いてくれるAという女の子(素朴系の美人さん)はその到着日からお給料を払おうと思っていたので、やっぱり現金があったほうがいい、と思ったんです。あっちも普通にそれを期待しているだろうし。
まあ当然空港で両替して行っても良いんですが、時間的にあまり余裕がないので、当日バタバタするのもなぁ、という気分になったので、ちょっとくらいレートが高くても今のうちにちょっとだけ両替していくか、と銀行に行こうと思って調べたんですが、ここで地方に住む哀しさ、地方銀行や都市銀行の地方支店って米ドルやユーロなんかは扱っていても、なかなかタイバーツまではカバーしてないんです。そんなとき発見したのが、香港上海銀行(HSBC)のマネーポートサービス。
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こんなのすごく前からやっていて今更話題にするようなことじゃないのかもしれませんが、私にとってすごく便利だったのでここに書いておくことにしました。というのも、とりあえずネットで注文するんですね。別に特に大事な個人情報は注文時には必要ないんですよ。セキュリティのちゃんとしたフォームに名前と住所と、希望の外貨と金額を書いて送信するだけ。そしたらなんと、たったの1日で日通さんが代引きで持って来てくれたんですよー!最近は外貨が宅配される世の中なんですねぇ。本当に驚きです。騙されてるんじゃないかと思って何度も確かめちゃいました。
あ、バーツは日本で両替するよりも現地で両替したほうがずっとお得だそうですので念のため。私もとりあえずの資金があればいいかと思って3万円ほどしか両替してません。でもタイって大学卒業した一般の男性の初任給が月収で平均4万円らしいので、これだけあれば1ヶ月弱生活できちゃったりするんだなーとしみじみ思いました。お札はとっても美しいお札です。あ、そしてこの3万円、なんと母から「お餞別」ということでいただいてしまいました!こんな年齢になってお餞別も何もないので本当に悪いな、とはチラっと思ったんですけどありがたくいただいておくことにしました。お母さんありがとう!大事に使います。
でもこのHSBC銀行(あ、銀行銀行になっちゃったかも)って今ぐんぐんのびてますよねぇ。このマネーポートサービスって、やっぱり多少レートは高めですけど、手数料にしてもなんにしても、空港とそんなに変わらないんですよね。これでやっていけてるのかな、とちょっと心配になるくらい。そしてこの銀行のことを考えていたら、火曜日の「旅するタイ語」講座で映像が流れたバンコクのスカイトレインの車体にでかでかとこの銀行のロゴが描かれてました。まあ、そのことばっかり考えていると、いつもは見逃しているものが目に留まったりするものなんでしょう。
それにしても便利でした。家から一歩も出ることなく外貨がやってきた、という感じでした。感動。
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2005年07月14日
先月、都内のS大学にお邪魔したんですが(ここにホンのちょっとだけ書いてますけど、本当にほんのちょっとだけですね)、その時に会ってくださったHさんから、数週間前に送っていただいた本を紹介しようと思います。「漢方210処方生薬解説」という本です。これはHさん(本当はH先生なんですけど、ずーっとHさんと呼ばせていただいていたので、なんとなく変えることができないんです)が所属していらっしゃる研究室のI教授の著書(共著)なんですけれど、Hさんも中にある素晴らしいイラストをたくさん手がけられたということで、高価な本なのに送っていただいたんですね。Hさん、I先生、本当にありがとうございます。いろいろと興味深く読ませていただきました。最初はパラパラと見ていたのですが、生薬について勉強する機会なんて滅多にないんだし、と思い直して今はちゃんとしっかりひとつひとつ読んでいます。今半分くらいまで読んだかな、というところ。本当は全部読ませていただいてからここでも紹介を、と思っていたんですが、あまりに勉強不足で「そうなのか!へぇ!」と思うことばかりだし、一般の方が家に一冊持っていてもかなり使えるんじゃないかと思ったし、ということで今日ここで紹介しておくことにしたのでした。
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そしてもう一冊は、どうしてもリンクを探すことができなかったんですが、万来舍発行、エイブル発売のISBN: 4990189418の「とれたて菜園の元気野菜」(監修:伊田喜光、根本幸夫、著者敬称略)という本も一緒に送っていただきました。これもスゴいんです。野菜がひとつひとつ、その栄養と薬効について解説されていて、しかも健康レシピなるものまでフルカラーでついているんですねぇ。驚きです。私の父は家庭菜園をやっていますが(本当に「家庭菜園」なんて父の性格と180度違うところにあるものだと思っていたのに、今やすっかり板についています)、父もかなり興味をもってフムフムと見ていたようでした。ここで、「この本ですよ」と紹介できないのが残念で仕方ないくらい、完成度の高いキレイな本です。これもHさんに送っていただきました。Hさん、I先生本当にありがとうございました。
さて、ここでまた恒例の読書記録(初読)しておきます。大した本読んでないんですけどね。いつものことですが。以下著者敬称略です。
1. 七つの危険な真実(赤川 次郎・北村 薫・夏樹 静子・乃南 アサ・阿刀田 高):オムニバスっていうんでしたっけ、すっごく軽い短編ミステリ集です。最初のがあまり面白くなかったので(失礼)、最後までノリとしてはあまり良くなかったかもしれません。しかも人権団体(?)の話なんかも突然でてきて、なんとなく、「なんか騙された」風な気分になったのはどうなんでしょう。これってどうなんでしょう。本当に。
2. 料理人(ハリー・クレッシング):これは面白かった。いったいどんな最後なんだろう、と常にドキドキして一気読みしました(もったいない)。かなりブラックですね。そして悪魔系。読んだあと、一体何を思いついてこの話を書いたんだろうと思って著者をすごく調べたりしたんですが、あのランダムハウス社から出た本なのに、この人の情報って全くないんですよね。誰かが覆面で書いたのかな、という感じです。似てるところではブラッドベリとかあのあたりなんですけどね。でもブラッドベリだとしたらあまりにブラックすぎるか。面白かったです。
3. パンのようにおいしいイタリア人(アレッサンドロ・G・ジェレヴィーニ):さらっと読めるのに、何度もいろいろとこの内容を思い出しては、「そうだよね」とか「そうなんだ!」とかいろいろあとで納得したりできるのが楽しかったです。私の友達のイタリア人(私は一時期プルマンで、イタリア人留学生の集まりにばっかり偶然出かけていた時期があったのです)もそうだな、と思ったり、あのセリフはそうだったのか!といろいろ考えたり、面白かったです。やっぱり食文化への思い入れが強いところが私はイタリアはいいなと思うところです。そしてこの日本語を彼が書いたとしたら、なんてスゴい人なんだと思います。どこにも「訳者」のようなことは書いていないので、きっと彼が書いたんでしょうねぇ。すごいなぁ。なんといっても東京大学の博士様だもんね。素晴らしい日本語です。
4. 象の消滅(村上春樹):米Knopf社が出した村上春樹氏の1980年代を中心とした短編集の逆輸入版といったところ。装丁がすごくキレイです。アメリカのペーパーバックみたいに本のページのフチが黄色くなっているところとか、透明のカバーとかいろいろ。読んだことがある短編もあり、初めて読む短編もあったんですが、「逆輸入版」という意識を持ってこれを読むと、「これが英語だったら結構衝撃的な表現かもね」だとか、「こんな感じで日本は誤解されたりするのかな」とか想像が広がって違う読み方ができて面白かったです。内容としては、好きなのもあれば普通なのもあれば、「?」なのもあるんですけど、やっぱり表現の仕方とか「プロ」って感じですよねぇ。タイトルすごいですよね。"The Elephant Vanishes"だなんて、私がアメリカの本屋さんをウロウロしていたらかなりの確率で手に取ってしまうかもしれないかなりキャッチーなタイトルです。
5. キッドナップ・ツアー(角田光代):これって字も大きいし、完全なる児童書なんですけど、大人の私でも普通に読めました。それにしても、読んでいる最中に、全然違う話なんですけどなぜか"The Clearing"という映画を思い出しました。何でだろう。そして「不思議とぴかりと光って見えた」のところでツーンときたのは何なんでしょう。作家の方って本当に感情を表現するの上手ですね。
とまあこういったところでしょうか。再読ものはたくさんあるんですけど、もはやいろいろに手を出しすぎてどれをいつ読んだか分からなくなってきました...。
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2005年07月12日
タイへの出発も近いし、私が長年愛用してきたスーツケースはもうボコボコだし、その後の就職のためにもなるし、ということで新しいスーツケース買いました。今回は憧れの(?)リモワ。某省さまからの支度金がちょっぴり出たので、奮発することにしたのでした。正確に言えば、商品は"サルサ・プラスキャリーケース4輪 Lサイズ (74cm)"というものらしいですよ。こだわったのは、絶対、ファスナー開閉式であるということ。私はスーツケースはいつも必ず、留め金部分だけを壊してしまうので、ファスナーならば最初からパンパンに入れたり、何か挟まっているのに勢いで閉めたりするようなことはないだろう、と思ったんです。しかもこのファスナーかなり頑丈で評判らしいですよ。そしてもうひとつのコダワリは4輪。リモワのキャリーケースを使う人はみんな言いますけど、リモワって同じ4輪でも車輪がすごく大きくて安定感があるんですよね。そして本体はポリカーボネイトで軽すぎ。もうホントに嬉しいです。狭い改札なんかをいつも苦労しながら通っていたので4輪のおかげでそのまま押せるのも頼もしいですね。
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中身も噂に聞いていた通り、いたってシンプル。軽さを重視しているので無駄な装飾品やクッション材はないし(あれって意味あるのかな?)、私がいつも「?」と思ってしまうハンガーフックもついてなくて好みです。スーツケースのハンガーフックって、ひっかけてはみるものの、結局いろいろ入れるとシワってついちゃいますよねぇ?ガサガサ動いちゃうくらいの中身ならばフックにかけた方が良いのかもしれませんけれど。
そして聞いたのは、どうやらスーツケースを乱暴に扱われて壊れた場合、航空会社は基本的に修理してくれるらしいんですけど、サムソナイトとかリモワなどの、いわゆる「専門店」のスーツケースだと、その修理のプロセスがスムースで、あっさり請け負ってくれるらしいんです。どこの会社のものなのか分からないものや、専門の修理センターなどがない会社のものだと、そのあたりがちょっと難しいらしいんですね。リモワは世界に専門の修理センターのようなものがあるらしいので、航空会社としても、クレームがついたらすぐにそこに送って修理をすればいいので手続き的にも簡単で、わりとあっさり無料で修理してくれるらしいんです。確かにそうなのかも。今まで全然そんなこと思いつきもしませんでしたけれどね。
というわけで、まだ家に届いたばかりで何も入れてみてはいないんですけど、74センチと81センチで迷って74センチにして良かったーと思うくらい、割と大きいです。赤い色も大人っぽい赤で気に入りました。大切にしようと思います。
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2005年07月10日
だんだん「私の仕事フレックスなのー」と呑気に言っていられる状態(というか、働かなければその分なにももらえないだけの話)でもなくなってきたので、今までにさらに輪をかけて地味な作業をコツコツとやる毎日ですが、昨日、もうこれはもう強烈に嬉しいんですが、ある面倒なことこの上ないデータを入力し終えました。ああ、嬉しい。達成感。でも見た目が全然変わってないのはなぜ。地味すぎる作業です。しかもこれで終わりどころか始まりくらいの勢いです。
昨日はそんなこんなで夕方になり、だんだんお腹もすいてきたしそろそろ帰ろうかなーと思っていたところに、Pullmanでのお友達、Hくんから電話がかかってきて「熊本に来てるけどメシでも食べよう」と嬉しいお誘いがあったのでなんとか待ち合せをして一緒にmkに行ってきました。Hくんと一緒にUちんとその新婚の奥さんのMさんが一緒でした。あー楽しかった。それにしてもずーっとあんな話題でごめんなさい。こんなとこ見てないとは思うけれど、特に初対面のMさんがビックリしちゃったかもしれないので、悪かったかな、と今頃思ってます。ごめんね。
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だいたい、そんな話題になったのもその前日が原因なのです。私の高校のときの同級生のTくん、Cくん、Nっちと4人で会って、高校のときの楽しかった思い出話、その後それぞれが進学してからお互いのところへ遊びに行ったときの話、などなどで「いつもの話」ではあるんですが、とにかく何度話してもお腹がよじれるほど面白い話を延々と、時を忘れて話しました。久しぶり空が白んだのを見ました。
ところでなぜか、ここをそのメンバーが見ている可能性があるかもしれない、という危機感を今感じているので(見てるんだったらメールちょうだいね)あまり詳しくは書けませんが、そのいつもの話、自分で思い出すために箇条書きしておこうかなと思います。
- 私が長崎に住んでいたころ、留守電のテープ(そのころ留守電ってテープだったんですよ、巻き戻ししたり消去したり大変でした)に最初っからギリギリ最後まで巻ききってしまう量、入っていた超長い留守録メッセージの話。あまりにヒマをもてあましたTくんとCくんがひたすら入れてくれたエンターテイメントでした。楽しかったけど、そのあと電話をくれた別の友人が、「メッセージ残そうと思ったんだけど1秒もしないうちにピーっていって切れた」と教えてくれてゲっと思いました。それにしてもあのテープ今聞いたら楽しいだろうな...。
- 私が料理をしに福岡まで行ったときの話。「3日間なにも食べてなくてこのままだと死ぬ」という電話を受けて、まさか死ぬ訳ないだろうけど、万一死んだら寝覚めが悪いだろうな、と思ってしまって電車にのって福岡まで行ったんですが、お絵描きやプラモデルがブームだった当時のTくんとCくん。私が遊びに行っても外に行かずに、ひたすら家にこもってお絵描きする人1名(Cくん)、プラモデル作る人1名(私)、寝る+飲むひと1名(Tくん)。料理してくれ、買い物に行こう、と言われてみんなで買い物に行ったのはいいけれど、私の好きなものは何一つ買わせてくれず、Cくんが「最近野菜食べてない」と言っては「もやし」をカゴにいれ、Tくんが「鶏肉食べたいねぇ」とカゴにいれ、とそれを延々と繰り返した結果、全く脈略のない食材を前に、私はかなりの創作料理を強いられました。といってももやしと鶏肉を使って何かのバンバンジーぽいものを作ったのは覚えてるんですけど、他に数品何を作ったか全然覚えてないんですよねぇ。そんなに料理得意でもないのに、シーチキンの缶詰と人参、という組み合わせとか、三つ葉としょうが、とか、一体何が食べたいのか全く分からない食材選びでした。でもこれってよーく考えれば分かることだったんですけど、単に私がどういう反応するか見て楽しんでたんでしょうねぇ。ホントにもう、当時の私、なんで気づかなかったのか!
- Tくんの車が盗まれて見つかった話。止めていた場所になかったダイハツミラを必死でバイクで探したという話。私は不在でしたがこの話は何度聞いても面白いのです。
- 電話野球拳の話。字面通りです。
- 5時間のNペの話(キレイな人と結婚していてビックリしました、おめでとうNぺ!)。これを話し始めたとき、私も横にいたんですが、「え?」とそのあまりの内容にヒキまくり、そのあと死ぬほど笑いました。ネタをありがとう。
- 6人くらいでプチ同窓会中、「しろ」キャップ飲みがいきなり始まり、その後店員さんに5回怒られつつ、もうこの店には立ち入り禁止と言われながら帰ったときの話。もうあんなには飲めないし、もうあんなにははしゃげないし、もうあんなに翌日のことを何も考えずに飲んだりできなくなりました。あ、いや、割とできるかな。えへへ。
- 今回はメンバー的に話には出なかったけれど、Tくん、Sくん、などが突然Mくんの白のギャランで長崎にやってきて私の家のドアに破った雑誌の1ページを使って「遠山、お前、いろよ!」という置き手紙を残したこと。その置き手紙を読みながら、私一人で「これって置き手紙の意味ないよ!」と笑いながら憤慨しました。でもその後奇跡的に長崎の町の中でちゃんと会えたので万事解決したし、良かったんですけどね。
- これも今回は話に出なかったけれど、なぜかみんなで鹿児島にドライブに行ったこと。「熊本ノンストップでどこまでも南に行ったら鹿児島につくかな?」と当たり前のことをTくんが言うので、みんなで「じゃあ確かめるか」とこれまたアホなことを言って出かけました。別にノンストップじゃなくても鹿児島につきますけどね。指宿の砂蒸しが気持ちよかったけどそのあともらったゆで卵の上にSくんがうっかり座ってしまい、車中が温泉ゆで卵の臭いになるわ、車のシートが卵だらけになるわで、Sくんは熊本に帰りつくまでみんなに執拗に責め立てられました。
- これも話に出てないんですけど、そのころみんなが大好きだったモーターショウを見に福岡に言った話。F-1の中嶋悟さんのお話を無料で聞けるっていうんで、5時間並んで待って会場に入りました。モーターショウ楽しかったな。
まだまだたくさん他にも「定番」の話はあるんですけど私が今思い出せるのはこれくらいかな...。今回来てくれた、Nっちはこういう話には異色のメンバーですが、実は彼は我が高校で実は一番女の子(とくに後輩とか)にキャーキャー言われたんじゃないかと思われる(でも硬派だったけど)、私たちの友人関係には大変珍しい人なんです(あ、TくんもCくんも、とあるターゲットにはモテていたけどね、一応フォローね、彼女いたしね)。でも、高校生のときの私にとって、Nっちはあまりに高嶺の花過ぎて、逆に何の感情もなく仲良くお話できたのでこうして未だに仲良く続いているんですね。いやぁ、後光さしてました。独身だそうです。もったいない。
それにしてもTくんもCくんも私の大事なバカな友達ナンバー1・2を争っているといった感じですが、今回は真面目にじゃないけど、ちょっと普通にお礼も少し言えたので本当に良かった。どんなことにお礼を言ったかというと:
- 私が入院したとき、いつも私のことをコケにばっかりしている(?)Tくんがすぐにお見舞いに来てくれて私の車いすを押して売店までつれていってくれて、私が買わなければならなかった、「足に超ロングのギブスをしている人のためのお風呂用グッズ」を恥ずかしげもなくどんどん買ってくれたこと。感動して泣くのをこらえてギャグばっかり言うのに専念して大変でした。これマジで。本人は「外回りのときは、こういうサボりが必要だしヒマだし来た」と照れて言ってましたけどね。あ、それも照れではなくて、本当にサボるつもりマンマンだった可能性もかなりありますけどね。いや、それが結構真実っぽい気も今強烈にしてきました。なーんだ。でもありがとう。
- 私の母が倒れたときに、5000円から8000円はすると思われる大きな花束を持ってCくんが病院にやってきてくれたこと。でもこのお礼を言っていたとき、Cくんはゴーゴーすごいイビキで眠ってました。居酒屋の中なのに...。でもCくんが、世界の中でも最も似合わなそうなキレイでゴージャス花束を肩に載せて病院で待っていてくれた姿を見たときには、本気で言葉につまりました。
あー、でも今回もいろいろ、まさに「歯に衣着せぬ」という表現がぴったりなことをたくさん言われましたけど、でもなんといっても、「ここぞ」というときに助けてくれる私のお友達のみなさん、これからも頼りにしてますよ!
ところで今日も朝の10時からK大学に行って7時までコツコツしてきました。今日はO出版のAさんが突然熊本に来てくださって、いろいろとお話ができて楽しかった(あ、楽しんでる場合じゃなくてお仕事の話でしたね...。でも思い切り楽しみました。お話がとても面白い方です。Aさんいつもありがとうございます)。そしてT先生と3人で、「せっかく熊本に来たんだから、やっぱり馬刺でしょう!」ということになって菅乃屋に行ってきました。実は今回熊本に帰ってきてから初の馬肉です。アメリカ人にどんなに野蛮人扱いされたって、私は馬刺を愛し続けますよ。
こうして昔の悪友とも心いくまでおしゃべりできたし、馬刺も食べたし、これで熊本も満喫しました。これからタイに出発するまでは、どんなに地味だろうと、なんだろうと、コツコツ仕事を頑張ろう、と心から思えてホントに良かった。
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関連カテゴリ:日本生活 アカデミックなこと 仕事
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2005年07月03日
先日時計を買った話を書きましたが、オレンジにした理由はまた今度、なんて勿体ぶってたことを今思い出しましたが、そんなに大した意味はなく、新しいオレンジ色のネイルエナメル(シュウウエムラでは、ネイルミネラルサプリメント、なんていうマニキュアとは想像のつかないような名前になってますけど)を購入した、というだけの話だったのでした。左の写真では分かりづらいんですけど、クリックしてみてくださいね。そして中央にネイルが並んでますけどその一番左、赤いチューブグロスのすぐ隣の色を購入したのでした。それで、時計を買うときも「あ、ネイルもオレンジだしこれにしよう」と安易に考えたというわけです。我ながら単純。
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ところで昨日、父の本棚を物色していたら嬉しい本を2冊発見したので一気に読みました。それは「マッシュ」と「続・マッシュ」。どちらもリチャード・フッカー著。この作品は映画にもなったので有名ですが(たしかカンヌとかでグランプリをとった)、私がアメリカで大学生のとき(3、4年生ですね)に良く見ていた、再放送枠TVシリーズで、このシニカルで卑猥でめちゃめちゃで、それでも戦争について毎回何かを感じさせられるこの人間ドラマに当時強烈な刺激を受けました。古い映像で"M*A*S*H"という白抜きの星印付きのタイトルに、バックミュージックが♪ル、ルールルルールールールー、ルールルルールールールー、ルールルルールールールールールールルルールー♪と暗ーく流れて軍のヘリコプターが飛んでいくオープニングもあまりにつまらなさそうで衝撃的だし、そのあとに繰り広げられる、あまりにくだらない3人の若い軍医のやりとりに度肝をぬかれるし、今時ありえないほど単純で健康的な「お色気」シーンが当たり前のように毎回登場するし、と私がハマる要素タップリの地味面白いドラマでした。
この本は昭和45年に初版が出ていて、この手元にあるものは52年発行の13版。ということは単純に考えて、この本を手に取った父は当時多分32歳。今の私と同じ歳の父がこの本と出会ってこのバカバカしくも痛烈な反戦メッセージでもある、軍医小説を読んでいたかと思うと、なんだか不思議な気持ちです。
私はドラマからはいったので、やっぱりトラッパーが一番カッコいいし好きだったんですけど、小説を読むかぎりホークアイが一番魅力的な気がしてきました(単純)。3人ともあんなに適当でバカっぽいのに実は超一流の腕を持った外科医ってとこが何よりカッコいいです。続の方はKorean War後、という設定なのでテレビシリーズでの話よりもずっと後のことになるんですが、ひとり増えて4人の軍医さんたちの、あきれるほど同じようなドタバタで面白かったです。ああ、面白かった。本屋さん通いもいいけれど、実は父の本棚を物色するほうがずっと楽しいかもしれません。あ、でも、異常に整理整頓好きな父のために、キチンと元あった場所にまるで動かさなかったかのように返しておかなければいけないってところがちょっと面倒ですけどね。お父さんありがとう。
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関連カテゴリ:日本生活 美容・お洒落
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2005年07月03日
日本に帰ってきたのが5月12日だったので、もうまもなく8週間が経つかというところなのですが、何かにつけ、時々しみじみと「私結構アメリカ好きだったなぁ」と思ってしまいます。いや、この書き方は語弊があるかもしれません。私は「アメリカ」にいたというよりは、「プルマン」というワシントン州の片田舎の小さな町にいただけだったので、単純に「アメリカの中でプルマンに住む」というスタンスが好きだっただけかもしれないので。
どういうところが一番好きかというと、やっぱりまわりが陽気で前向きだというところかもしれません。自分が陽気で前向きになる努力をすれば済むことだし、何も日本人が陰気で後ろ向きだと言っているわけじゃないんですけど、単純に文化の違いですよね。例えば、人に会って別れるときに「じゃあね、またね」なんて言いますが人のことを気を使って言うごあいさつとして、日本では、これはもしかしたらうちの家族・親戚・知り合いだけかもしれないけれど、運転してきてたりすると「車に気をつけてね、事故なんかに合わないように」なんて言われたりしてガーンときます。以前日本に住んでいたときは何も思わなかったこの挨拶、よーく考えるとすっっっっごくネガティブ。9年で中途半端にアメリカナイズドされたかもしれない私は、つい(縁起でもないこと言わないでよ〜)と一瞬思ってしまいます。
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いや、よく考えるとこの挨拶は別に悪いことじゃなくて、本当に気を使って、その人のことを思いやって言うセリフなので、私も実は良く使います。「お母さん、暑いから脱水にならないようにね」とか「風邪に気をつけてね(私の方が体調崩してるんですけどね)」とか、普通に毎日言います。でもアメリカの人に言ったりするとちょっぴりビックリしたりするかもしれませんね。勘ぐって裏読みして「え、風邪ひいてほしいの?」とまで思わないにしてもあんまり良い気分じゃないかも...。まあ、こんなの気にするかどうかは本当にその人次第でしょうけれど。
あと仕事で失敗したときとか、「とりあえず謝りまくる」ということはアメリカではあんまり求められてない気がする。謝ったって解決しなければ意味はないし、「謝ってばっかりいないで、とりあえず解決への最大の努力をしろ」と言われそうな気がします。もともと「陽気」な人が多いので、失敗したら逆に頑張って雰囲気だけでも明るくして、解決への努力をしよう、というスタイルの人が多くて、私はこういうやり方は好きだなーと思ってしまいます。誰かが失敗してどよーんと暗くなっていたら、声もかけづらく、失敗してない私でも、なんとなく失敗した気分になりそうなんですよね。でもこれも人それぞれなので「アメリカ人」と「日本人」と大きく分けるのはあまり良くないとは思うんですけど、基本的に、アメリカでは恐縮して謝りまくる、というのはそんなに求められてない気がします。だから逆に開き直って「確かに失敗したけどすぐ解決したからいいじゃん」風の困ったアメリカ人がいるのも確かかも。日本では謝罪って結構大きな意味がありますよね。もしかしたら近隣のアジア諸国でも「謝罪」って大事っぽい気がする。良くは知りませんが。
他に好きなのは、仕事とプライベートがパッキリと分かれているところが好きかもしれません。仕事をしている人と、仕事以外の用事で食事したり飲んだりすることは全くと言って良いほどありませんでした。もちろん、ずーっと仕事を一緒にしてきて友達のようになってくると別ですけれどね。それにしても、仕事上の関係の人と、気を使いながら食事するって、実はすごくストレスフルなことですよね。話題を一生懸命出したり、ウェイターさんへの注文のタイミングをはかったり、待ち合せしたり、お支払いしたり、などなど仕事上の付き合いってどこまでフレンドリーにしてよいか、日本では悩むところですが、アメリカだと、こうなんというか「定石」のようなものがあって、仕事上はこうすれば良い、というような超合理的な「暗黙のマニュアル」みたいなものに従えはいいだけなのでラクです。私の仕事が大学だったからかもしれないけれど、接待のようなものはないし、お食事会というのが開かれても、「定石」としてどんなに遅くても9時くらいにはお開き(ふつうは6、7時)、というのが当たり前だったし、「仕事からかえって来てバタンキュー」というのは滅多になかった気がする。だいたい、家で数時間ゆっくりする時間はありました。
いや別に日本の文化とか習慣がイヤなわけじゃなくて、「ああ、そういえばこうだったっけ」というようなプチ逆カルチャーショックを楽しんでいるだけなんですけどね。他にシャレでアメリカで好きだったことといえば:
- アメリカナイズドされたお寿司屋さんは、かなり私の好みだった!
いやぁ、もともと私は、あんまりお寿司系は好きじゃないんですよ。生々しいものはそんなに大好きではなく、きっと、「ちょっと日本好きなアメリカ人」がお寿司を好む程度、という感じなんでしょうねー。アメリカナイズドされて、かなりクリエイティブなロール系(巻き寿司系)のメニューが豊富なアメリカのお寿司屋さんは、かなり、私の好みでした。
- 交通手段が私の好みだった!
「徒歩」という交通手段(なの?)がかなり苦手、というと「いったい何様なの?」と強烈に軽蔑されたりするのかもしれないんですけれど、私は足腰を弱ぶっているので(いや、本当は足腰が弱く、と書きたいんですけど、やっぱりエラそうなので、自分で弱ぶっていることにしました)、もうそれはもう、みんながあきれるほどよくコケるんです。それもカワイイ感じの「アッ」というコケ方じゃなくて、バターン!とかドサッ!とかそういう激しいコケ方です。思わず見知らぬ人が「...大丈夫ですか?」と声をかけてくださるような感じ。私の経験から、歩く距離が長くなればなるほど、そのコケる確率が高くなるので、それで私はなるべくなら歩きたくない、という結論に至るわけです。で、アメリカの田舎町、プルマンでは、私の場合はほとんどといって良いほど「移動手段」として「徒歩」を使わなくて良かった、というのが好きなところでした。あ、熊本では結構「徒歩」いらないので熊本大好きです。いつでも車でドアtoドアです。
- 後ろ向きプレッシャーがなかった!
アメリカではヘンなところで心理学のようなものが人々の中になぜか強烈に根付いていて、「子供に否定的な言葉を使わない」だとか「ほめて育てろ」とか、「良いと思ったら声にだせ」とか、そういうのがわりとちゃんとみんなの中にあるらしく、私、アメリカの生活ではほぼ毎日のように誰かに何かをほめられたり、持ち上げられたりして、「ブタもおだてりゃ木に登る」じゃないですけど、「あら、そうかしら?」と思えたりしてその自信が実際良い結果になったこともあったりしました。私、これでもわりと「反省」タイプで、厳しい言葉で「アナタはXXXなんだから」と怒られると、「そうかー、わたしってXXXなのかー」と何度も何度も考えたりするので後ろ向きプレッシャーにはかなり弱く、それをひとこと言われただけでやる気を失ったり自信を失ったりしていた気がします。それで「いやぁ、やっぱり肯定するって大事なことなのね」と身をもって知った気がするので、そういうのがすごく好きでしたね。「アナタはこういうダメなところがあるから」は「アナタには特別にユニークなところがあるから」へ、「自己アピールが強すぎて協調性がないから」は「自分をしっかり表現できるし独立性も強いし」へ、と言葉をたくみに変えてほめるのは、私のような単純なタイプの人には嬉しいことかもしれません。
とまあ思いつくままいろいろ並べてみましたけれど、かといって私はアメリカの全てが好きだったわけでもないんです。実際、私もこれからいろんな国に住むことになりそうなんですけれど、結局心のどこかで、いつかは必ず、日本に戻りたいと強く思っているので、全てをまとめて、全部プラスマイナスしてもあまり有るほど日本が好きなんですね。って生まれた国だし当たり前のように聞こえるかもしれませんが、こうして真面目に考えた末、「結局日本がいい」と思えるのって実はすごく大事で幸せなことなのかもしれません。
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