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20051011_kate.jpgのろけるな!と怒られそうですが、アメリカのAさんから送られてきたプレゼントです。実は今、私たち夫婦にとって記念すべき第3回目の遠距離生活真っ最中なんですが(第1回目はシアトルプルマン間、約1年、第2回目は日本プルマン間、約1年、そして今回第3回目)、別居しはじめると何故かAさんが、同居しているときよりもいっぱいいろいろプレゼントを送ってくれるような気がします。日本とアメリカに離れていたときは、毎月のようにどっさりと本を送ってくれたし、今回はマイティマウスやこのケースなど、コンピュータ関連のものを送ってくれます。別居結構いいかも、と思わず調子にのります。

まあでも真面目な話、人って離れると、何かその人の好きそうなものを見かけたときに「買ってあげよう」とか「送ってあげよう」とか思いがちなんでしょうね。私も街でAさんが好きそう、あるいは気に入りそう、面白がりそうなものを発見したときはつい買ってしまいます。それはAさんだけでなく、母や父が好きそうなものだったり、姉が好きそうなものだったりするので、やっぱり「メリハリ」のためにも多少は離れてそのかけがえのない家族のことを、遠くから考え、思いやることは非常に大事なこと&楽しいことなんだな、と思いました。私もバンコクでの一人暮らしで寂しいはずなんですが、こういうことを考えたり、大事な人へのプレゼントを選んだりしているとなんだか幸せな気持ちになって、ウキウキします(あ、単純に買い物中毒だからかも)。

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違和感のある言葉

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ふと思ったんですけど、先日また経済学をちょこちょこと勉強していたときに、金融関係の言葉を読みながら「これって日本語で何だろう」と思ったりして調べたりしていたんですが、金融系や経済学の専門用語って不思議な感じですよね。いろいろ入ってくる国別の言葉を無理矢理日本語にしているからでしょうか。専門用語でかなりつまづきます。でもまあそれは、私が不慣れで勉強不足であるということが一番の問題要素ではあるので、精進するしかないのですが、普通に一般用語として使われているものの中で、非常に違和感があるものがあります。それは、銀行などが出している「定期預金」だったり、アメリカの銀行だとCDアカウントと呼ばれるものだったりそういうものを、まとめて"Products"とか"Offers"なんて英語で書いてあったりしますが、日本語だと「商品」になってますよね。

「商品」って〜、って思いませんか?何か他に良い言葉はなかったものなんでしょうか。まあ「商品」ではあるんでしょうけれど、何か私の中の何かが、「何か違う」と大騒ぎします。別にどうでも良いことなのに。

そしてこの気持ち、小さいときに味わったことがある!と思い出しました。私は小さい時、フィギアスケートをやっていたんですが(結構長い事やっていました。確か小学生のとき5、6年くらい)、フィギアスケートの大会(テクニカルインプレッション、3.5、3.6、アーティスティックインプレッション、3.9、とかやるあれです、あ、今は6点満点みたいですがその頃は確か4点満点だった気がするんですが私の記憶違いでしょうか)のことを「試合」って言ってたんですよ。多分今も言うんじゃないかな。幼いながらも、「えー、『試合』じゃないでしょう〜」と思ってました。試合ってなによ、という感じ。でもまあ、試合なんでしょうけれど。

というわけでふと違和感がある言葉について考え込んでしまったのでした。違和感はあるけれど、だからといって代わりの言葉は思いつかない、というかなり無責任な私の心。

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ちょっとおたくっぽいんですけど(というより完全におたくか)、私が結構頻繁にチェックしているwired newsにあった、「日本の自販機から資本主義の本質を考える」というのを読んでしばらくいろいろ考えました。

あのですねぇ、日本で無添加緑茶がペットボトルで売れてるのは「健康的」だからじゃないんですよね。別に日本人は「健康のため」に緑茶を飲んでるわけじゃないですよねぇ。緑茶は緑茶、砂糖が入った緑茶(タイにはいっっっっぱいあります)は「イヤ」あるいは「マズい」と認識されますよね。別に「砂糖は身体に悪いから」という理由じゃなく。美味しいお水でキレイに丁寧に煎れたスッキリした味の緑茶は「おいしい」と感じるんですよね。「資本主義=なんでもあり(悪)」と思うから、この根本的な文化の違いをうっかり忘れるんでしょうか。

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昨日、とある方に「武内さんはやりがいのある仕事をしてらしてうらやましいです」というメールをいただいたのですが(ありがとうございます)、これを見てしばらく考え込んでしまいました。「やりがいのある仕事」って何かな、という事です。いや、そんな真面目に考えることもないのかもしれませんが。

アメリカだと、どういうのが「やりがいのある仕事」かなーとふと思ったんですけれど、英語で「やりがいのある仕事」って言うのって難しいですよね。私には基本的に定義が分からない、というのが正直なところです。勝手に定義させてもらえれば、「やっていて楽しいと感じる仕事」ということでしょうか?それか「やっている自分が好きだと思える仕事」かもしれないですね。結局自己陶酔という感じか。

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K大学でのお仕事も、私が出発するまでにある程度のところまでやりたいね、ということになっているのでT先生と毎日朝から晩までせっせと頑張っていますが、T先生は本職のほうもずっとずっと忙しいのに、様々な方面にバイタリティを持って仕事をされているので、時々真剣にすごいなぁと心の底から思います。仕事がつまってきても、ちょっと問題があっても、全くいっぱいいっぱいにならず、「ありゃりゃ」なんて言ってらっしゃるので、そのあたりがポイントかな、とも思いますね。シリアスになりすぎないのってすごく大事だと思います。私も見習わなきゃ(シリアス)。

でもさすがに、私が日本に居る間に「終わらせる」というのは不可能なのでこれからはメールでのやりとりになりそうです。先生はMacだし、iChatもあるので私は楽観的に考えてますが、やっぱり面と向かっていろいろ相談したほうが何かとラクっていうことはありますよね。でもこれが一段落すれば強烈な達成感だねーと二人で言い合ってその日を夢見て頑張ります。

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私の大好きなサイト、dtlog.orgのNaoさんからタスキいただいたので答えてみようと思います。でも私の場合、100%ハリウッド系の超スーパーメジャー映画ばっかりで、なんとなく申し訳ないんですけど...。

過去1年間で一番笑った映画:

1年間、ってとこが難しいですね。自分の映画のページの右側のリストで2004年の7月以降に見た映画をじーっと見てましたけど、お笑い系ってあんまり見てないですねぇ。強いて言えば、"Garden State"はちょこちょこ笑いました。でも笑う映画というよりは結構じんとする映画だったので「一番笑った」という表現は当てはまらない気もします。違う意味で"The Forgotten"も「えーうそー」と思いながら笑いました。でもまあ、ギャグ映画ってことで本命は"Meet the Fockers"でしょうね。ワンちゃんがトイレにくるくる流れて行くところはプリビューでもあっていて知ってたのに、映画でも笑いました。

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日本に帰ってきたのが5月12日だったので、もうまもなく8週間が経つかというところなのですが、何かにつけ、時々しみじみと「私結構アメリカ好きだったなぁ」と思ってしまいます。いや、この書き方は語弊があるかもしれません。私は「アメリカ」にいたというよりは、「プルマン」というワシントン州の片田舎の小さな町にいただけだったので、単純に「アメリカの中でプルマンに住む」というスタンスが好きだっただけかもしれないので。

どういうところが一番好きかというと、やっぱりまわりが陽気で前向きだというところかもしれません。自分が陽気で前向きになる努力をすれば済むことだし、何も日本人が陰気で後ろ向きだと言っているわけじゃないんですけど、単純に文化の違いですよね。例えば、人に会って別れるときに「じゃあね、またね」なんて言いますが人のことを気を使って言うごあいさつとして、日本では、これはもしかしたらうちの家族・親戚・知り合いだけかもしれないけれど、運転してきてたりすると「車に気をつけてね、事故なんかに合わないように」なんて言われたりしてガーンときます。以前日本に住んでいたときは何も思わなかったこの挨拶、よーく考えるとすっっっっごくネガティブ。9年で中途半端にアメリカナイズドされたかもしれない私は、つい(縁起でもないこと言わないでよ〜)と一瞬思ってしまいます。

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さりげなさの文学

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日本に、しかも高校卒業まで毎日過ごしたこの自宅に、こんなに長く滞在するのも久しぶりのことで、まるで高校以来時がとまったままのような自分の部屋で、ときどき目覚めの時なんかに、寝ぼけた頭でかなり混乱することがあります。あれ、私なにしてるんだっけ、という感じ。そして私は特に、「読書好き」というよりは、「書籍所有好き」なので、部屋をぐるりと見渡す限り、ミッチリと、私が若い10代だったときにお小遣いをためて買ったたくさんの蔵書があるので、それはもう、まさに、私の「青春」そのものといった感じの部屋にいると、さらに自分ワールドに入り込んでいきます。

そして今日私はひとつの法則を見いだしました。ハードカバー、単行本、文庫本、巨大絵画集、などいろいろな形態の私の本が、それはもう、まるでひとつの芸術のように私の部屋にところせましと並べられているのですが(私が大学へ行くために家をでて以来、私の父がコツコツと私の蔵書を著者名や種類などにそって、分類、整理したらしいです。それはもう、信じられないほど美しい眺めです)、実はこの、様々な種類の本の中でも、どうやら私に「再読」されがちな本には共通点があるらしいのです。

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七回忌で考えたこと

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無事にタイ行きが決まったのは嬉しいんですけれど、バタバタしながらビザ取得へ向けて書類準備したり航空券手配したり研究経費計算したり計画書を見直したりと、あんまりキャパシティを誇っていない頭の中がごちゃごちゃになってきてます。週末は実家で私の祖父の七回忌があって久しぶりに親類がたくさんと、そして家族4人全員集まったんですけど、今日もせっかく4人いるのにひとりでデスクで事務処理してました(あ、熊本に帰って来たこと書いたっけ)。

それにしても、あれからもう6年もたつんだなーと、久しぶりにいろいろと考えました。父より10歳若い弟である叔父が、みんなに気をつかって道化者になって、なんだかいかにも法事らしいぎこちない雰囲気を、なんとか一生懸命盛り上げようと「親父はいまこのへんにいるから」と自分の後ろを指差して見せたとき、冗談でもなんでもなく、「ああ、Y(叔父のこと)は酔っぱらってしまって仕方ないなぁ」なんてニコニコしたような苦笑したような顔をした祖父がチラっと見えた気がして、自分の想像力の逞しさにぎょっとしました。

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今ドキの公衆電話

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前に見た映画で、"Phone Booth"っていう結構つまらない(失礼)映画があったんですけどその冒頭部分で、「携帯だらけのこのニューヨークで、誰も使わない公衆電話」みたいなノリの説明があったんですけど、日本では意外にもそうでもないなぁと、今日思いました。

というのも、今滞在させてもらっている姉夫婦の家の近くにエクセルシオールカフェがあって、そこでだいたいいつも朝食にするんですが(それか、真横の同系列ドトールか)、窓際の席に座ると目の前が公衆電話のボックスなんですね。ぼーっと見ていると、結構入る人多いんですよね。まあ、最近梅雨ってことで、ちょっと雨宿りな意味もあるのかもしれませんが、30分に10人くらい見たような気がするので、単純計算で3分に1度ですよね。結構な利用率です。

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東京から

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諸事情で東京に来ています。昨日はなんと、都内某所で、友達(Kくん)にバッタリであいました。しかも、なんと故郷熊本の友達。しかも最後に会ったのは10年前。でもその頃はその周辺の友達全部で5、6人と一緒に毎日のようによく遊んでいた友達(グループ?)だったので、懐かしかった。お互いに特に外見は変化もしておらず、すぐ分かりました。でも私は唐突に名前を思い出したので、「あれ、Kくん?」と声をかけたら「おおお!」となったわけでした。Kくんも出張中。

それにしても新たなキャッチかと思ったそうです。「最近のキャッチは名前まで把握してるのか!」と驚きかけたと言ってました。そんなわけないです。それでお互いに仕事が終わったらビールでも飲もうということになって昨日は夜まで飲みました。10年のギャップも意外にあっさりと埋まって楽しかったです。途中でお互いの共通の友人に電話をかけたりして盛り上がりました。それにしてもあんなところでバッタリ会うとは思いも寄らなかった。

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アジアな日本

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私の母は、干支をキレイに5周したということでこの1年、同窓会が相次いでいるらしいんですけれど(年齢バラしてごめんね)、昨日から高校の時の同窓生と一緒に阿蘇は黒川まで一泊旅行に行っています。私はそんな彼女を送ってバスの待ち合わせ場所まで行ったんですけれど、70名の同窓生が集まってバスに乗り込んで行く雰囲気は、高校生のそれそのもので、なんだか微笑ましいのでした。人生の大先輩達に向かって失礼な話なんですけれどもね。

そのあと家に帰ってこつこつとK大学のお仕事をしていたら、そこへ電話がかかってきて、「ああ、冴ちゃん(母のニックネーム)?」と男の人の声で言われました。「母なら出かけておりますが」と答えると、「ああ、娘さん?」となり、生まれてはじめて電話で話す相手(母の小学校のときの同窓生)は、それから何のためらいもなく、私の年齢、既婚か未婚か、子供がいるかどうかの3点をまるで業務連絡のように明るく詳しく聞き出し、母に言伝を頼んでまた明るく電話を切ったのでした。

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今日は久しぶりに、ゆったりした日曜日を過ごしました。Aさんは朝からジムで走って来たので充実していたみたいですが、私はレモンケーキを焼いたり、カウチに深ーく座って本を読んだり。

ところで突然思い出したんですが、2月に日本に帰ったときに、心の底からうらやましいな、と思った出来事があったので書いておきたいと思います。そんなにたいしたことではないんですけどね。その日、うちの両親が上京してくるというので私と姉と、姉の旦那様の3人で羽田空港のカフェで、飛行機が到着するまでだらだらと過ごしていました。窓辺に一人、私と同じくらいの年齢かな、と思われる女の人がいて(もしかしたらもう少しだけ上かも)、何をする訳でもなく、ぼんやりとアイスティーのようなものを飲みながら外を見ているので、「あの人これから飛行機に乗るのかな?その割には荷物少ないな」なんて思いながら見てました。

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昨日からWhidbey Islandに住んでいるValとJoe夫婦が1週間だけPullmanに来ているので、今日は久しぶりにオフィスでミーティングとなりました。現在進行中の4篇の論文のことについてみんなで熱く2時間ほど語り合ったあと、和やかな歓談となったのですが、面白い話があったので紹介します。

聖書の最初に、神様が世界を作ったというクダリがありますね。そこから始まります。

初めに、神は天地を創造された。「光あれ」といって光を生み出し、「水は一つところに集まり、乾いた所が現れよ」。すると海と陸が分かれた。言葉は神と共にあり、万物は言葉によってできた。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。神はそしてイタリアを作った。世界一美しい風景、世界一おいしい食事、世界一過ごしやすい気候を作った。

そこで天使が神に言った。 「神様、これではあまりに不公平です。イタリアは恵まれすぎています!」

神は答えた...。

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健康管理は実力か

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数日間とある研修に通っていたので、いろいろと考えさせられることがあって、それはそれでかなり面白かったのですが、表題の件、「健康管理=実力」という考え方、私の結論はどうやら大きな「YES」です。つまり、健康管理ができないってことは実力がないってこと。

ちょっと話がトビますが、私は自動二輪の免許を持っています。ふつうの中型自動二輪と以前は呼ばれたタイプのバイクの免許ですね。その免許を取得したときに通った教習所が楽しすぎて、「このまま一生教習所に通いたい」と思ったくらいですが(ちょっと大げさ)、そのときの教官に「車を運転しているときは、3台先の車とその車が遭遇している状況を瞬時に把握することが大事だが、バイクを運転しているときには5台先、できれば7台先の車とその状況を瞬時に把握しなければならない」と言われた事があります。

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