« 2005年02月20日 |
Main
| 2005年02月24日 »
2005年02月22日
ちょっと前のエントリーと話が前後しますが、姉夫婦に週末の夜にフラメンコディナーに連れて行ってもらって思い出いっぱいになったので書き留めておこうと思います。行ったのは新宿の伊勢丹会館にあるエル・フラメンコ。ちょっと時間的にキツキツの日だったので、ゆっくりめで夜の9時のショウを観に行ったのですが、私うまれてこのかたまじめにフラメンコなんてみたことなかったので、かなり感動いたしました。ここに来るのも3回目である姉曰く、この日のショウはいつもよりちょっと現代的だったとか。かなりフルボディなスペイン女性が3人、なんだかとってもかわいらしいフラメンコを見せてくれたし、カリズマティックな男のダンサーがすばらしい足さばきのステップをしていて、かなりプロフェッショナルな現実離れした世界でした。ほかにもなんだかステキに哀愁漂うギタリスト2名、ソウルフルなヴォーカルのシンガー2名が熱いショウを盛り上げてくれました。
続きを読む...
一緒にお食事もいただいたんですけれど、最初のタコのカルパッチョには私の苦手なホタテがたっぷりと入っていてそれを上手にさけながらいただいたのを除くと、なかなかのお味の地中海料理。でもそんなおいしいお料理でさえ、だんだん忘れてしまうほど、魅力的な踊りなんですよこれが。こんなにフラメンコに夢中になれるなんて知りませんでした。でも、となりに座っていた母が、踊りの合間にちょこちょこかなり個人的意見を小声で囁いてくるので(たとえば、『あの男の人の頭(かなりボリュームがある)の幅はお尻の幅とほぼ同じね(かなり小尻)』とか)、こっちは感動して、ステキ!と思いながらフラメンコを見ているんだし、踊りそのものは全然滑稽なんかじゃないのに、やたらと笑いをこらえなきゃいけなくて楽しすぎでした。あんまり楽しすぎて帰らなきゃいけないときに思わず寂しい気持ちになったほどでした。
ああ、フラメンコ楽しかった。ムイビエンムイビエン。グラッシアスみなさま。特にお姉様とその優しい旦那様のS様グラシアス。この思い出一生忘れません。
...続きを隠す
関連カテゴリ:日本生活
| コメント (0)
2005年02月22日
数日間とある研修に通っていたので、いろいろと考えさせられることがあって、それはそれでかなり面白かったのですが、表題の件、「健康管理=実力」という考え方、私の結論はどうやら大きな「YES」です。つまり、健康管理ができないってことは実力がないってこと。
ちょっと話がトビますが、私は自動二輪の免許を持っています。ふつうの中型自動二輪と以前は呼ばれたタイプのバイクの免許ですね。その免許を取得したときに通った教習所が楽しすぎて、「このまま一生教習所に通いたい」と思ったくらいですが(ちょっと大げさ)、そのときの教官に「車を運転しているときは、3台先の車とその車が遭遇している状況を瞬時に把握することが大事だが、バイクを運転しているときには5台先、できれば7台先の車とその状況を瞬時に把握しなければならない」と言われた事があります。
続きを読む...
実際それを実行しようとしてみるとすぐに分かるのですが、かなり困難です。バイクに乗ると、多少は車の目線よりも高い目線になるので上から数えて5台先を見る事は一応できるにはできるのですが、その車の前で何が起こっているかまで見るのは非常に難しい。ましてや7台先なんて困難どころの話ではありません。
それでどうするか、というと、なんだかヘンテコな結論で申し訳ないのですが、「謙虚になる」のです。
- 5台先を見ようとする。
- 見えない。
- その車が出会っているかもしれないいろいろな状況を予測する。
- その状況にそれぞれ対応策を考える。
ということを瞬時にやるわけでしょう?そうしたら、結局のところ、有り余る車間をとって、それでも遠慮せずに車と車のちょうど真ん中あたりに「なんだよあのバイク真ん中走りやがって」と言われかねないポジションに自分を置いて、かつ、スピードを落とし、足はギアをすぐにカンカン落とせるようにスタンバイし、中指クラッチはやめて全部の指をかけ(あ、これはウソ、私のクラッチはかなり近いクラッチにしていたので中指だけで大丈夫でした、へへへ)、といういわゆる「優良ドライバー」もとい「優良ライダー」にならざるを得ないのです。
で、話は戻るわけですが、つまり健康管理とは「いろいろな状況を予測してその状況にそれぞれ対応策ならびに予防策を考える」ということなんだと思うわけです。そして、それでもやっぱりウッカリだとか、こう、避けられないこととかは起こるわけですよね。
また話がバイクの話になりますが私はあるとき上のように自分ではいろいろな状況を予測してそれに対応できるようにしたつもりになった状態で、信号待ちをしていました。いつものように、道の端っこではなく、車道の真ん中に普通の車一台分のスポットを使って片足ついて、ニュートラルからいつでもファーストに入れることができるようにスタンバイした状態で。
そしたら、あろうことか、対向車線から来た小さなミニバンが、私の左側にあった本屋さんの駐車場に入ろうとして、何を思ったのか、私が占拠していたその車一台分のそのスペースを「どうぞ通っていいですよ」スペースだと勘違いしたらしく、運転してきたそのままの勢いで私にガーンとぶつかってきたんです。あとで聞いたら私の姿なんて全く見えなかったらしい。そんなワケないんですけど。
こっちは信号待ちして停車しているところに、対向車からハネられたんじゃ、対応策とかそういう問題じゃないんですよね。その事故では私は大けがじゃなかったから良かったものの、1ヶ月の入院となってしまっていろいろと大変だったんですが、入院中に「こういう場合の対応策」をせっせせっせと小さな頭をひねって考えたんですが、導かれるのはただひとつ。「もうバイクに乗らない」ってことでした。
当時は若かったこともあってバイク大好きでどうしてこんな理不尽なことでバイクを諦めなければいけないのか、もうホントにホントにそんなのイヤでイヤでたまらなかったのですが、結局、信号待ちしていただけなのに1ヶ月の入院ですべてのことに支障が出る、という結果を避けるためにはそれしかない、バイクをあきらめる、ということは自分の実力を最大限に発揮するためには必須なのだ、と自分に言い聞かせる結果となりました。
というわけで、これはちょっとした極論になりかねませんが、生まれつき体が弱いだとか、アレルギー体質だとか、骨が弱いとか、いろんな人がいると思います。私も数えればいろいろ細かいことばかりですが、たとえば角膜に傷が入りすぎていて目が光に弱すぎるとか、足下がいつもフラフラしていてすぐコケるとか、貧血気味ですぐ倒れるとか、大事なときにすぐおなかが痛くなるとか、自分でも「え〜ホントなの〜?」と疑いたくなるような症状をたくさん抱えてますが、それも実力のうち。いや、別に研修でそんなことを言われたわけではありませんが、「体が弱い」というのは実は、まっとうな言い訳ではないな、と、そう思っただけの話です。そんなことみんな分かりきってることかもしれませんが。
...続きを隠す
関連カテゴリ:考えたこと
| コメント (0)