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2005年07月01日
ちょっとご無沙汰してましたが、実は東京へ行ってました。と書くと、東京に住んでいる友人みんなが「え!」と思うんじゃないかと思って本当に申し訳ないんですが(いや、別に思わないかもしれないんですけどね)、全く連絡しなくてごめんなさい。というのも、27日から30日までという、平日のみの訪問だったということと、そしてなんと、滞在中ほとんど何もできない状態になるほど体調崩してました。ホテルに泊まったんですが、はっきり言ってホテルで寝るために東京へ行ったようなもの。というわけでカゼ(?)をうつすわけにもいかないし、ということで誰とも会わずに3泊4日過ごしてきました。
でも最初の日はeゼミでもお世話になっているT大学のゼミにお邪魔させていただいて、勉強させてもらえたら、と計画していたんですが初日に倒れるという大失態をおかしてしまったのでなんと、私がこの世の中で一番嫌う、ドタキャンという結果に終わって本当に申し訳なく思っています。関係者の皆様本当にごめんなさい。特に、H先生本当に申し訳ありませんでした。学生の皆さんも本当にごめんなさい。
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で、唯一終わったイベントというのがまあ一番大事だったんですけど、タイでの研究ビザの取得。タイでのノンイミグラントのビザは最長がビジネスビザの3ヶ月で、それ以上は滞在中に領事館などで延長を申請するという形だということを聞き、研究ビザはそんなに長く出ないというので、ビジネスでなんとかお願いできないかと申請を頑張ったところ、ビザがおりました。そしてその申請が終わってから、やろうと思っていた数々の事柄はその体調の激変で、すべてキャンセル。あーあ。
今は体調もだいたい戻って、出勤はせずに家でお仕事できる状態になりました。数日前まではコンピュータの画面すら見ることができなかったんですけれど。でもまあ、ビザがとれて本当に良かったです。地方在住ってこういう事務的作業がちょっぴり不便ですね。本人申請のみ、といわれたら東京か大阪か、ときどき名古屋や福岡でもできることもありますが、そういったいわゆる「都市」へ行かなきゃいけないというのがありますねぇ。今はインターネットで何でもできるし地方に住んでるほうが何かとラクチンと思って生きてきましたけど、やっぱりこういった「お役所的」な仕事はまだまだ都市中心型ですね。これもそのうち変わってくるといいんですけど。
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2005年07月02日
なんだか、今どき「スウォッチ」なんて言ったりすると時代を感じたりしちゃうのは私だけ?っていう気配がなきにしもあらずなんですが、私は結構スウォッチというメーカーは好きです。いや、特にそんなに持ってるわけでもないんですけれどね。どうして好きかというと、理由はただひとつ。私、金属アレルギー(ニッケル・クロム)なんです。時計売り場に行ってみて時計を出してもらって、その文字盤部分をクルリと裏返してみてくださるとよく分かると思うんですが、だいたい、時計には電池を入れるところにフタがついているんですね。十円玉のようなものでクルリとまわして開けるアレです。見た目どんなにポップなプラスチック製の時計であっても、そのフタの部分が、だいたいにおいて、金属(ニッケル)でできているんですねー。あれが手首に当たるとみるみるアレルギー反応を起こします。笑っちゃうくらいにそのフタの形だったりします。
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で、スウォッチ売り場に行って文字盤をクルリと裏返すと、ほとんどの時計には残念ながら同じような金属の電池のフタがついてはいるんですが、中にこれが白っぽいプラスチックでできているものが、多少あるんですねー。Skinシリーズはだいたいプラスチックのフタです。ただし、Skinシリーズってその見た目のチープカジュアルさから言っても値段が高すぎ(9000円から12000円程度)と思いませんか?私だけ?スウォッチならではの「いろいろポップなのを持って楽しんじゃう」用に買うにはちょっとためらうお値段だったりするんですよね。で、今回購入したのが上の写真の2005年7月モデル(といっても結構前からあったけど)の「クリスタルスプリング」。これは全ての肌に触れるパーツがプラスチックで出来ていて、かなり理想的。とはいえ、お仕事に使えるタイプではないですけどね。あくまでもチープジェム感覚という感じでしょうか。ノースリーブなんか着て手持ち無沙汰な感じのときにアクセサリー感覚でするものなんでしょう。いや、私は普段使いしますけどね!絶対に。
実は本当は、2002年の春夏モデルだった、この右の写真の「クリスタルサマー」が欲しかったんですけど、「欲しいなー」「でも意外に店頭にはもうないよなー」とぼんやり考えていた今年の2月頃、あろうことか、当時泊まっていたうちの姉の家で発見しました。くー!お姉さん持っていたのね!という感じ。手に取ってみて見るとますますカワイイので、でも完全にマネしちゃうのもシャクにさわるし(しかももはや製造中止でネットオークションなんかで価格が倍になってるし)、結局一番上のオレンジ色にすることにしたのでした。このオレンジにしたのには実はもうひとつ理由があるんですけどまたそのことは次回ということで。
それにしても金属アレルギーな私にとって、時計選びってすごく大変なんですよ...。シルバー950以上だとか950以上のプラチナとか24金とかだと不純物(アレルゲン)がそこまで入っていないのでアレルギー反応が出ないんですけど、あの高級ブランドのCのブレスレット、オールシルバーとかいわれて買ってみて、つけたら留め金の形にアレルギー反応が出たことがあります。泣く泣く返品しましたけど、あんなブランドでも留め金はシルバーじゃないのか!とちょっぴりびっくりしました。1000プラチナとか24金とかってホントにキレイで憧れますけど、実際問題、経済的に自分に買えるかどうかが大きなポイントですよねぇ。今狙っているのは4ºCのシルバードレスウォッチなんですけど、オールシルバーかどうかって、やっぱり店頭で聞かないと分からないところがあります。私本当に金属アレルギーうらんじゃいます。
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2005年07月03日
日本に帰ってきたのが5月12日だったので、もうまもなく8週間が経つかというところなのですが、何かにつけ、時々しみじみと「私結構アメリカ好きだったなぁ」と思ってしまいます。いや、この書き方は語弊があるかもしれません。私は「アメリカ」にいたというよりは、「プルマン」というワシントン州の片田舎の小さな町にいただけだったので、単純に「アメリカの中でプルマンに住む」というスタンスが好きだっただけかもしれないので。
どういうところが一番好きかというと、やっぱりまわりが陽気で前向きだというところかもしれません。自分が陽気で前向きになる努力をすれば済むことだし、何も日本人が陰気で後ろ向きだと言っているわけじゃないんですけど、単純に文化の違いですよね。例えば、人に会って別れるときに「じゃあね、またね」なんて言いますが人のことを気を使って言うごあいさつとして、日本では、これはもしかしたらうちの家族・親戚・知り合いだけかもしれないけれど、運転してきてたりすると「車に気をつけてね、事故なんかに合わないように」なんて言われたりしてガーンときます。以前日本に住んでいたときは何も思わなかったこの挨拶、よーく考えるとすっっっっごくネガティブ。9年で中途半端にアメリカナイズドされたかもしれない私は、つい(縁起でもないこと言わないでよ〜)と一瞬思ってしまいます。
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いや、よく考えるとこの挨拶は別に悪いことじゃなくて、本当に気を使って、その人のことを思いやって言うセリフなので、私も実は良く使います。「お母さん、暑いから脱水にならないようにね」とか「風邪に気をつけてね(私の方が体調崩してるんですけどね)」とか、普通に毎日言います。でもアメリカの人に言ったりするとちょっぴりビックリしたりするかもしれませんね。勘ぐって裏読みして「え、風邪ひいてほしいの?」とまで思わないにしてもあんまり良い気分じゃないかも...。まあ、こんなの気にするかどうかは本当にその人次第でしょうけれど。
あと仕事で失敗したときとか、「とりあえず謝りまくる」ということはアメリカではあんまり求められてない気がする。謝ったって解決しなければ意味はないし、「謝ってばっかりいないで、とりあえず解決への最大の努力をしろ」と言われそうな気がします。もともと「陽気」な人が多いので、失敗したら逆に頑張って雰囲気だけでも明るくして、解決への努力をしよう、というスタイルの人が多くて、私はこういうやり方は好きだなーと思ってしまいます。誰かが失敗してどよーんと暗くなっていたら、声もかけづらく、失敗してない私でも、なんとなく失敗した気分になりそうなんですよね。でもこれも人それぞれなので「アメリカ人」と「日本人」と大きく分けるのはあまり良くないとは思うんですけど、基本的に、アメリカでは恐縮して謝りまくる、というのはそんなに求められてない気がします。だから逆に開き直って「確かに失敗したけどすぐ解決したからいいじゃん」風の困ったアメリカ人がいるのも確かかも。日本では謝罪って結構大きな意味がありますよね。もしかしたら近隣のアジア諸国でも「謝罪」って大事っぽい気がする。良くは知りませんが。
他に好きなのは、仕事とプライベートがパッキリと分かれているところが好きかもしれません。仕事をしている人と、仕事以外の用事で食事したり飲んだりすることは全くと言って良いほどありませんでした。もちろん、ずーっと仕事を一緒にしてきて友達のようになってくると別ですけれどね。それにしても、仕事上の関係の人と、気を使いながら食事するって、実はすごくストレスフルなことですよね。話題を一生懸命出したり、ウェイターさんへの注文のタイミングをはかったり、待ち合せしたり、お支払いしたり、などなど仕事上の付き合いってどこまでフレンドリーにしてよいか、日本では悩むところですが、アメリカだと、こうなんというか「定石」のようなものがあって、仕事上はこうすれば良い、というような超合理的な「暗黙のマニュアル」みたいなものに従えはいいだけなのでラクです。私の仕事が大学だったからかもしれないけれど、接待のようなものはないし、お食事会というのが開かれても、「定石」としてどんなに遅くても9時くらいにはお開き(ふつうは6、7時)、というのが当たり前だったし、「仕事からかえって来てバタンキュー」というのは滅多になかった気がする。だいたい、家で数時間ゆっくりする時間はありました。
いや別に日本の文化とか習慣がイヤなわけじゃなくて、「ああ、そういえばこうだったっけ」というようなプチ逆カルチャーショックを楽しんでいるだけなんですけどね。他にシャレでアメリカで好きだったことといえば:
- アメリカナイズドされたお寿司屋さんは、かなり私の好みだった!
いやぁ、もともと私は、あんまりお寿司系は好きじゃないんですよ。生々しいものはそんなに大好きではなく、きっと、「ちょっと日本好きなアメリカ人」がお寿司を好む程度、という感じなんでしょうねー。アメリカナイズドされて、かなりクリエイティブなロール系(巻き寿司系)のメニューが豊富なアメリカのお寿司屋さんは、かなり、私の好みでした。
- 交通手段が私の好みだった!
「徒歩」という交通手段(なの?)がかなり苦手、というと「いったい何様なの?」と強烈に軽蔑されたりするのかもしれないんですけれど、私は足腰を弱ぶっているので(いや、本当は足腰が弱く、と書きたいんですけど、やっぱりエラそうなので、自分で弱ぶっていることにしました)、もうそれはもう、みんながあきれるほどよくコケるんです。それもカワイイ感じの「アッ」というコケ方じゃなくて、バターン!とかドサッ!とかそういう激しいコケ方です。思わず見知らぬ人が「...大丈夫ですか?」と声をかけてくださるような感じ。私の経験から、歩く距離が長くなればなるほど、そのコケる確率が高くなるので、それで私はなるべくなら歩きたくない、という結論に至るわけです。で、アメリカの田舎町、プルマンでは、私の場合はほとんどといって良いほど「移動手段」として「徒歩」を使わなくて良かった、というのが好きなところでした。あ、熊本では結構「徒歩」いらないので熊本大好きです。いつでも車でドアtoドアです。
- 後ろ向きプレッシャーがなかった!
アメリカではヘンなところで心理学のようなものが人々の中になぜか強烈に根付いていて、「子供に否定的な言葉を使わない」だとか「ほめて育てろ」とか、「良いと思ったら声にだせ」とか、そういうのがわりとちゃんとみんなの中にあるらしく、私、アメリカの生活ではほぼ毎日のように誰かに何かをほめられたり、持ち上げられたりして、「ブタもおだてりゃ木に登る」じゃないですけど、「あら、そうかしら?」と思えたりしてその自信が実際良い結果になったこともあったりしました。私、これでもわりと「反省」タイプで、厳しい言葉で「アナタはXXXなんだから」と怒られると、「そうかー、わたしってXXXなのかー」と何度も何度も考えたりするので後ろ向きプレッシャーにはかなり弱く、それをひとこと言われただけでやる気を失ったり自信を失ったりしていた気がします。それで「いやぁ、やっぱり肯定するって大事なことなのね」と身をもって知った気がするので、そういうのがすごく好きでしたね。「アナタはこういうダメなところがあるから」は「アナタには特別にユニークなところがあるから」へ、「自己アピールが強すぎて協調性がないから」は「自分をしっかり表現できるし独立性も強いし」へ、と言葉をたくみに変えてほめるのは、私のような単純なタイプの人には嬉しいことかもしれません。
とまあ思いつくままいろいろ並べてみましたけれど、かといって私はアメリカの全てが好きだったわけでもないんです。実際、私もこれからいろんな国に住むことになりそうなんですけれど、結局心のどこかで、いつかは必ず、日本に戻りたいと強く思っているので、全てをまとめて、全部プラスマイナスしてもあまり有るほど日本が好きなんですね。って生まれた国だし当たり前のように聞こえるかもしれませんが、こうして真面目に考えた末、「結局日本がいい」と思えるのって実はすごく大事で幸せなことなのかもしれません。
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2005年07月03日
先日時計を買った話を書きましたが、オレンジにした理由はまた今度、なんて勿体ぶってたことを今思い出しましたが、そんなに大した意味はなく、新しいオレンジ色のネイルエナメル(シュウウエムラでは、ネイルミネラルサプリメント、なんていうマニキュアとは想像のつかないような名前になってますけど)を購入した、というだけの話だったのでした。左の写真では分かりづらいんですけど、クリックしてみてくださいね。そして中央にネイルが並んでますけどその一番左、赤いチューブグロスのすぐ隣の色を購入したのでした。それで、時計を買うときも「あ、ネイルもオレンジだしこれにしよう」と安易に考えたというわけです。我ながら単純。
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ところで昨日、父の本棚を物色していたら嬉しい本を2冊発見したので一気に読みました。それは「マッシュ」と「続・マッシュ」。どちらもリチャード・フッカー著。この作品は映画にもなったので有名ですが(たしかカンヌとかでグランプリをとった)、私がアメリカで大学生のとき(3、4年生ですね)に良く見ていた、再放送枠TVシリーズで、このシニカルで卑猥でめちゃめちゃで、それでも戦争について毎回何かを感じさせられるこの人間ドラマに当時強烈な刺激を受けました。古い映像で"M*A*S*H"という白抜きの星印付きのタイトルに、バックミュージックが♪ル、ルールルルールールールー、ルールルルールールールー、ルールルルールールールールールールルルールー♪と暗ーく流れて軍のヘリコプターが飛んでいくオープニングもあまりにつまらなさそうで衝撃的だし、そのあとに繰り広げられる、あまりにくだらない3人の若い軍医のやりとりに度肝をぬかれるし、今時ありえないほど単純で健康的な「お色気」シーンが当たり前のように毎回登場するし、と私がハマる要素タップリの地味面白いドラマでした。
この本は昭和45年に初版が出ていて、この手元にあるものは52年発行の13版。ということは単純に考えて、この本を手に取った父は当時多分32歳。今の私と同じ歳の父がこの本と出会ってこのバカバカしくも痛烈な反戦メッセージでもある、軍医小説を読んでいたかと思うと、なんだか不思議な気持ちです。
私はドラマからはいったので、やっぱりトラッパーが一番カッコいいし好きだったんですけど、小説を読むかぎりホークアイが一番魅力的な気がしてきました(単純)。3人ともあんなに適当でバカっぽいのに実は超一流の腕を持った外科医ってとこが何よりカッコいいです。続の方はKorean War後、という設定なのでテレビシリーズでの話よりもずっと後のことになるんですが、ひとり増えて4人の軍医さんたちの、あきれるほど同じようなドタバタで面白かったです。ああ、面白かった。本屋さん通いもいいけれど、実は父の本棚を物色するほうがずっと楽しいかもしれません。あ、でも、異常に整理整頓好きな父のために、キチンと元あった場所にまるで動かさなかったかのように返しておかなければいけないってところがちょっと面倒ですけどね。お父さんありがとう。
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