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出張用マック

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product-air.jpg東京にいる友達のEちゃんに紹介してもらったApple社にお勤めのYさんとご縁があってお友達になっていただいて、10月に新しいのが出るなり購入させていただいたこの新しいMacbook Air 1.86GHz (128 GB ssd!!!)ですが、しばらく日本にいるAさんに試用してもらったあと、先日彼がローマに来てくれたときに持ってきてもらい、ついにAirオーナーとなりました。Eちゃん、Yさん、Aさん、みなさん本当にありがとうね。

実は私がPhDのプログラムに入ったころ購入したPowerbook G4 15" 1.67GHz (Aluminum)はハードドライブを交換したばかりというのもあるし、使用に何の問題もないことからまだまだ現役。しばらくメインマシンとして使おうと思っていますが、なんといっても出張に持っていくにはデカいし重い。こういう時のためのネットブックが主流の昨今ですが、私はどうしてもネットブックを好きになれないのです。何度もいろいろと見てみて考えるのですが、やっぱりぎりぎり、私の出張マシンとして使うには機能が少なすぎる。それでこのAirが出たとき(そしてさらに改良版が出たとき)に、これはいいはず、と思って出張マックとして購入することにしたのです。

で、何が言いたいかというと、 私のAirにとって今回のアフリカミッションがその記念すべき最初のお出かけとなったのでした。

ところで実は1年以上前に私はiPod Touch 32GBを思いっきり衝動買いしてしまい、その美しさといろいろにうっとりとし、今までもっていた60GBの古いiPod(第5世代)をAさんにお下がりでプレゼントしたのですね。ですが、1ヶ月しないうちに、私の生活や興味の中においては、iPod Touchは昔のiPodほど必要性がないことに気づきました。高い買い物なのに使ってみないとこういうことに気づかないなんてバカだなぁと真剣に思いましたが、運良くAさんが「それくれるなら前のやつ返してあげるよ」と優しいことを言ってくれたので、結果私が彼にiPod Touchをプレゼントしたことになりました。まあいいんですけどね。iPod Touch自身、私に放置されるより、Aさんに使ってもらったほうが幸せだろうし。そして昔のiPodを活用しまくる私。これってテクノロジーについていけなくなったということなんでしょうか。

結論としては、この一件があったため、Macbook Airなんて買っても最終的にはAさんのものになって終わったりして、と一抹の不安がないでもなかったのですが、そんなことはまったくなく(Aさんごめんね、残念でした)、出張中大活躍でした。私はEtherケーブルとプレゼン用のVGAケーブルを別に買ったのですが、どちらも大活躍。そして第1世代のiPod Shuffleを未だに愛用する私にとってはThumb driveもお揃いだし、必要にして最低限の機能がついたこのAirをこれからもいろいろな国に連れて行ってあげよう!という気持ちになったのでした。薄すぎてちょっと怖いけど大事にしようと思います。

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アディスアババ

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写真は実は出張に出た日の写真で、この日はアディスを経由してダカールに行った時に時間があって写真を撮りました。今日はマラウイからまたエチオピア航空を利用しているのでアディス経由でローマに飛びます。空港で4時間ほどぼんやり待たなければいけないのですが、ネットも無料だしなかなか居心地が良いので大丈夫です。

そして写真は昼のアディスですが今は夜。夜中のフライトとなり、早朝5時にローマに到着するのです。マラウイのある南方アフリカは今は雨期で空から見ると緑の大地!という感動があるのですが、エチオピアはやはり赤褐色の大地ですね。夜の景色はといえば、キラキラしていてなかなかの夜景でした。市街地の外が真っ暗なので特に目立つのかもしれません。それにしてもほかのアフリカの国々と比べてエチオピアはわりときちんとしている印象です。エチオピア航空のキャビンアテンダントのみなさんも美人ばっかり。イタリアの植民地だったこともあるためか、褐色の肌に派手な顔立ちのイタリア系のハーフもいてその美しさにぎょっとすることもあります。

帰りのフライトはローマ経由ストックホルム行きという便です。この出張ではこういった便ではいつも私は経由地でおりずに最後まで乗っていることが多かったので最後になってやっと経由地で降りれて嬉しいです。何とも表現しがたいのですが、さっさと降りていく感じが、残っている方にとってはうらやましい感じがしてしまうのです(不思議)。

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A Thousand Splendid Suns

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book coverA Thousand Splendid Suns (Khaled Hosseini)

同じ著者のThe Kite Runnerを読んだ時にその話に感動すると同時にトピックのあまりの重さに胸がしめつけられてしまい、良い評判を聞いていてもなかなかこの本に手が出なかったのですが、今年の誕生日にイタリア人の友達のIに「これすごく良かったよ」と偶然プレゼントしてもらったので、出張中の飛行機の待ち時間に、と思って持ってきました。

だいたい私は出張には2冊の本を持っていき、帰る頃に両方読み終えて最後の空港でまた1冊買ってかえってくるというパターンが多いのですが、今回もそんな感じでこの本の前に1冊読み終えて、ダカールの空港で午前11時の飛行機がキャンセルされて午後3時まで待たされたときにこれを引っ張りだしました。案の定、最初から鈍い重い痛みがコンスタントに続き、ちょっとこのまま読み続けるのは厳しいかもと思いはじめていたチャプター5の最後(ページ35)でガツンとやられ、「こんなことが起こっていいのか!」とあまりの衝撃に思わず一気に最後まで読んでしまいました。もしかしたら、この本のどこかにかならずあるはずの「希望」をずっとずっと読みながら探していたのかもしれません。

確かに重みのある大切で貴重な話だし、これを読んで私の人生で起こった、あるいは起こっている全てのことが全くもって愚痴を言うにふさわしくないことがわかるし、何が大事なのか、人は何をしたいのか、私は何をしたいのか、などというようなシリアスすぎることを考えるきっかけになって人としてかなり成長できる本であることは確かなのですが、なぜか諸手をあげておすすめする気分になれません。

それは今現在も、彼の地で起こっていることが「〜というわけでした」というお話で完結できる状態にないということと、根底に流れるジェンダー問題が、もはや私の理解と想像をはるかに超えていることが原因だと思います。

それでも、「教育」というものが、たとえば方程式の問題を解けるようになることが、たとえば科学の実験をやってみることが、たとえばフランス革命の起こった年を暗記することが、どうして結果的に人を優しくすることに貢献するのか、というのがじんわり分かってきます(いや、そんなことは全く書いてないんですけどね)。そしてどうして優しい人の心は強いのか、どうして弱い人は暴力的なのか、ということも。

そして改めて日本という国にこの時代に生まれた私の最強の幸運に驚かされます。文中にタイタニック(映画)の話が出てきますが、アメリカ留学中にこの映画をのんきに見た自分を思い出して、なんだか説明が難しいのですが、1940年代前半に撮影されたロンドンでのダンスパーティの写真を見た時の衝撃を思い出しました。東京大空襲のころ、欲しがりません、と日本の国民が誓っていたあのころ、イギリス人はこうしてキレイなドレスを着て踊ったりしていたのか、と思った時の違和感。

ぎゅうぎゅうとしめつけられる胸の痛みがつらいのですが、読み終わって、393ページのJalilの手紙を読み始めた時から止まらなかった涙をせっせと拭いて、本を閉じて、ぐいっと自分を現実世界に引き戻してから顔を上げてみて、セネガリーズの青い服を着た若い空港清掃員のひとりが私にむかってにっこりしてくれたとき、文字通り、世界が違って見えました。優しい人になりたいと真剣に心から思いました。

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マラウイ

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ガンビアを離れ、セネガルでもう1泊したあと、昨日の夕方ダカールを出てマリにあるバマコを経由してケニアのナイロビへ飛び、今日ナイロビから南へ、マラウイは首都のリロングェにやってきました。

とにかく飛行機はいちいち遅れるし、時差はそんなにないのに飛行時間はしっかり長いしで、かなり疲れてしまいました。ダカールからはコンサルタントで友人のアメリカ人のLと一緒だったのですが、リロングェに到着して飛行機のタラップからおりてきた彼女を、先におりていた私は迎えてみてびっくり。もともと白人なのに、遠目ではっきりとわかるほど顔色がまっさおになっていて、たくさんの冷や汗をかいていて、それはもう、本当に苦しそうなのです。「どうしたの?」とびっくりして聞くと今まで感じたことのないような胸が締め付けられるような痛みがあってありえない胸の不快感があるのだと言います。息苦しく、肺が小さくなってしまったような感覚すらあると。それを聞いて私の脳裏に「心筋梗塞」の4文字が。そこで私も非常にあわてて、入国審査のところのカウチにとにかく横に寝せて、安静にしてもらったあと、横にあった健康診断室にかけこんで「ちょっと彼女の脈と血圧と体温をはかってあげてください」とお願いすると、やはりここは途上国、のんびりした看護士さんが出てきて時計をみながら手で脈をはかっただけでした。ここには体温計も血圧計ないのか!と愕然として、とにかくカウンターパートに会ってお医者さんに連れて行かなければと焦りました。駆け込むようにしてチェックインしたホテルに荷物を置いたあとすぐに国連と契約のある病院へ電話したのですが、土曜日なので閉まっています。それで国連ドライバーのウィリーさんに「なんとかならない?」と聞いたら知り合いに聞いてみる、といろいろなところに電話してようやく開いているクリニックをひとつ探し出しました。

そしてそのクリニックに行ってみて、今度は私が真っ青。あまりにも映画にでてくるような「アフリカなクリニック」で、衛生面が非常に気になります。救いは英語がきちんと通じることだけで、フラフラになっているLを支えて診察室へ向かうと、ありがたいことにそこには血圧計も体温計もあって本気でほっとしました。そしてはかってみると、脈はかなり速くなっていましたが、ほかは異常なし。

でも心電図やレントゲンなんかの設備がそこにあるわけはなく、とにかく南アフリカ出身のドクターの問診だけで、「まあ大事に至るような状況ではないでしょう」という診断で、痛み止めを出してもらっておわりでした。大丈夫なのか?と私は非常に心配でしたが、Lは「いざ大丈夫といわれると大丈夫な気がしてきた」といい、ちょっと気分もマシになったようなので私もちょっとだけほっとしました。それからホテルで今安静にしてもらっています。ルームサービスを頼んで、私は個人的にいつも出張にはマルチビタミン剤とカロリーメイトを持ってきているので、食欲がないという彼女にそれを摂ってもらって、水分をたっぷり与えて、それでもまだ痛みが続くならあとでアスピリンを飲むといいね、と話していたところ。こういうときって私は栄養学の知識しかないのでいったいどうしたらいいのかさっぱりわからないので不安です(これを見ているお姉様かお父様、こういう場合はどうしたらいいのか今度教えてね)が、今のところ30分おきに彼女をチェックしているところ、だんだん気分も良くなってきているということで一安心です。

そして今になって部屋でインターネットがつながることがわかってこうして恒例の「ホテルの窓から」シリーズの写真をとる余裕がでてきました。マラウイは雨のシーズンでずーっとしとしとしとしとと、雨が降っています。中央アフリカは赤土で飛行機から見るとまさにアフリカの大地なのですが、南に飛んでくると雨期のおかげで全てが緑色で本当に美しいです。週末はホテルでゆっくりして来週から仕事です。Lがはやくよくなりますように。

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ガンビアでのお仕事

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今回の出張先であるガンビアという国は、この仕事をしなかったらいつまでもどこにあるのかを知らないままだったかもしれないと思う(申し訳ない)国のうちのひとつ。実は大西洋と国境をすべてセネガルに囲まれた英語を話す西アフリカの国で、その昔イギリスの植民地だったところです。今はベストシーズンということで、日中は暑いのですが気温はせいぜい27度程度までしかあがらず、朝夕は肌寒いほど。でもブリーズ的な気持ちのよい海風が常に吹いていて、夜はふと見上げると満点の星空で本当に「良いアフリカ」を実感できる国だと思います。

今回のガンビアでのお仕事は今まで日々コツコツとやっていた小さな食品安全はもちろん、Plant & Animal Health(これってなんて訳するんだろう)も含むプロジェクトがフェーズ2を終了しそうなので、そのバックストップです。3月までに全ての細々したアクティビティを終えて、その次のステップにつなげていこうと思っているのです。それでコンサルタントを派遣していたのですが、彼女と一緒にこれからのロードマップについて議論、翌日に50名の参加者を迎えた会議に1日参加してさんざん議論、という議論づくしの滞在でした。

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ダカールより

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仕事でセネガルのダカールに来ています。といっても今日はセネガルの農業省の方とミーティング兼夕食をしたら仕事はだいたい終わりなので明日にはガンビアに向かうことになるんですけどね。

ホテルは空港に近いところを、とお願いしたら、大西洋が目の前の、なんだかヒップな感じのホテルを我が社のセネガル事務所が予約してくれました。お部屋は真っ赤っ赤で全てが赤くて目がどうにかなりそうです。自分のスーツケースまで赤いのです。それは関係ないけど。

そして中庭にはかわいいプールが。となりには割と本格的なカジノがついていて、有名なフットボール選手なんかも来るんだそうです。こんな夕食の場で仕事を一発で決めなければいけないなんて、なんてプレッシャーなんでしょうか。しかも直接自分がやっている仕事ではなく、同僚に「今度ガンビアにいくんだけど」という話をしたら「あ!じゃあセネガルでこの仕事してきてくれない?大丈夫大丈夫、これを説明して納得してもらえばいいだけだから」と押し付けられた仕事なのです。そういうのは自分でしていただきたいのですが、Noと言えない日本人代表としてはにっこり承ってきちゃいました。がんばります。

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アペリティーヴォなど

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apero.jpg仕事は毎日信じられない量が降ってきますが、この時代、どの国でもどの職種でも人員削減は仕方のないこと、ひとりが受け持つ仕事の量は増えて当たり前、と言い聞かせて頑張ってます。だから仕事は何もせずとも勝手に充実してくれているしプライベートの方の充実は自分ではかりたい、と頑張りたいところなので、今日はローマに来た2006年の2月以来ずっと仲良しのGとふたりで、チェリオの丘にある、写真のMaudというバーにいってアペリティーヴォしてきました(この写真じゃちょっと雰囲気が伝わらないので是非サイトを見てみてくださいね)。ここは友達のTさんに以前教えていただいていたところ。

アペリティーヴォは略してアペロ(語尾上げで)と言ったりもしますが、いわゆるハッピーアワーのようなもので、1ドリンクにちょっとしたフィンガーフードがついてきたり、軽食のバフェがあったりなどでお店によってその形式はいろいろ。このお店は1ドリンク10ユーロで、おしゃれバフェがついてます。イタリアンな居酒屋って日本にもあると思いますが、そういうところで出るようなお料理がずらっと並んでる、といえば分かりやすいかも。10ユーロって高い!と思うかもしれませんが、ここはコロッセオのほぼ目の前なので仕方ないのです。職場の先輩のTさんに教えてもらって行ってきたのですが、ドリンクの独創性が良い感じでした。スパイシーオレンジな風味の美味しいブラッディーマリーをいただきましたよ。雰囲気が良かったのでついGとも話が盛り上がってしまって長居してしまいました。でもイタリアでいいなと思うのは、レストランやこういうところの長居が厭われないこと。全く平気なのです。おしゃべりしたいだけおしゃべりできます。お店の人もにこにこしておしゃべりに参加してくれたりもします。

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モンジュイックの丘

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スペイン旅行の最後の日はそれまでの曇り空から一転して快晴となり、気を良くした私たちはバルセロナ市内からケーブルカーに乗ってモンジュイックと呼ばれる丘に登ってバルセロナ市内と海辺を一気に気持ちよく眺めちゃおう!ということになりました。ここには古い城跡があってそこで気分のいい数時間を過ごせるかなと思ったのです。写真をクリックして私のフリッカーの大きめの写真を見ると、右側に海、左側に小さくサグラダファミリア教会が見えると思います。パノラマな景色って肉眼で見えるとあんなによく見えて、「あそこにあれがあるね」と確認しながら楽しめるのに、写真だとその感動の1/10すらも伝えることができないのでもどかしいですね。

ここまでくるケーブルカーの旅もなんだかあっという間のわりには楽しかったです。というのも、イタリアやスペインなどラテン語圏ではこういった「登山電車」のような傾斜のついたケーブルカーのことを「フニクラー」と呼ぶんですね。イタリア語では動詞で「フニコラーレ」といいます(当然主語によって語尾が変わりますのでフニクラやフニクリになったりするわけです)。mixiにはすでに書いたので私の友人にはもう伝えましたし、私の年代の人にはすっかりおなじみだと思いますが、その昔NHKの私のお気に入りの「みんなの歌」に「フニクリフニクラ」がありました。これはイタリアの歌なんですが、ナポリにあるヴェスヴィオ山にそのフニクラーができたときに作られた、なんと世界初のコマーシャルソングというものらしいですよ。詳しくはウィキなどでどうぞ。「鬼のパンツ」という替え歌でこの曲を知っている人も多いかもしれませんね。

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チュロスとスイソ

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もうすでにローマに帰ってきていて日常が再開している私ですが、まだバルセロナ旅行の余韻にひたっています。

写真はシエスタ明けに行ったホテルの近くの牛乳屋さん、Granja La Pallaresaで食べたチュロスと、奥に見えるのがスイソ(Suizo)と呼ばれるスペインの冬の飲み物。つまりはホットチョコレートなんですけれど、まるでプリン(アメリカの)のようにとろりとしていて山盛りのホイップがのっていて、スプーンですくって食べるか、当然このチュロスを突っ込んですくって食べるか、という食べ方になります。チョコはダークな感じでそこまで甘さは感じられず、ホイップにもまったく砂糖が入っていないのですが、チュロスは当然甘いので微妙な味のミックスに大感動しました。行列ができるタイプのお店ですが、Aさんに並んでもらっている間に近くのクッキー屋さんで買い物をしていたら、10分もしないうちに戻ってきたときにはAさんはすでに中でテーブルに案内されて待ってました。心細い思いをさせてごめんね。でもきっとこういう感じで並ぶわりには回転の良いお店なのでしょう。

観光客もたくさんいましたが、地元の人もたくさんいて、がやがやしているわりにはおじさまたちのサービスは行き届いていて、なんだかすごく良い雰囲気でした。旅行中ホテルに近かったのに1度しか行きませんでしたが、バルセロナに行ったらまた是非行きたいお店のひとつです。というのも、やっぱりどんなにおいしくて素敵でも、ホットチョコ毎日は飲めないので、1旅行に1回で満足してしまうんですよね。なにはともあれ、とにかく強烈におすすめです。何もこのお店じゃなくとも、Granja(グランハ)という名前がついていたら牛乳屋さんの名残なのでおいしいホイップののったスイソがいただけると思います。

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お正月旅行

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元旦の夜7時に作ったすべてのお正月料理を片付けて、スーツケースにいろいろとつめこんで、ローマを脱出してきました。訪れているのは、写真でお分かりでしょうか?残念ながら雨の旅行となっていますが、それでも圧巻のガウディ建築があふれる街、スペインはバルセロナです。

今回泊まっているのはCasa Camperというとても素敵なホテル。ここは24時間サービスの豪華なスナックバーがあって、高速ワイヤレスも無料だし私のような旅行者(どんな旅行者だろう)にはとても嬉しいホテルなのです。お部屋もリビング、ベッドルーム、バスルームと3部屋に分かれていて、リビングには大きな真っ赤なカウチにこれまた真っ赤なハンモックがさがっていてとてもポップです。ベッドルームのほうは静かですが、リビングは通りに面していて夜の長いスペインではちょっとうるさいかもしれないので高齢の方にはあまりおすすめではないかもしれませんね。バルセロナのホテルの中ではかなり部屋が広いほうだと思います。自転車の貸し出しもやっていて、とても便利だしスタッフもひたすらフレンドリーで親切です。朝食もシェフが手作りパンケーキやオムレツをせっせと焼いてくれてアットホームな感激があります。

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New Year Brunch

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新年あけましておめでとうございます。

ローマは静かな雨の元旦を迎えています。私たち夫婦は実は今夜から旅行に出かけるため、大変手抜きのお正月料理をさささっと作りました。純和風でいこうねといっていたのにカプレーゼサラダまであります(モツァレラを旅行の前に消費しなければいけないことにふと気づいた)。飲み物はシチリアのロゼワインで、手前はエビの照り煮をのせたちらし寿司。奥にあるのが昨日のうちに作っておいたレンコンの煮物(コミッサリーのフィレ肉がすごく美味しかった!)かまぼこにほうれん草のおひたしにお雑煮風のお味噌汁にカプレーゼにきゅうりの浅漬け、そしてお餅にお茶、以上です。

写真をとってみたらあまりに貧相なのでAさんに「これってウェブに載せたら私たちの両親は安心するんじゃなくてちょっと心配するんじゃない?」と聞いたら写真をぱっと見て「うーん、ポップな感じでいいんじゃない?」と適当に処理されたので、じゃあポップな感じで、と載せることにしました。まあ今夜から旅行なので、ということで言い訳にさせてください。

お餅はAさんが日本から持ってきてくれた生餅で、実はこれを書いている今、まだ食べていないのですが、黒ごま入りのきなこも一緒にもってきてくれたのできなこもちになる予定です。私は本当はお砂糖とお醤油でのり巻きにするのが一番好きなのですが(このエントリを参照のこと)、きなこが目の前にあるときな粉餅にしたくなりますね。きな粉も好きなので大歓迎なんですけどね。

というわけでしばらくローマを留守にしますが元気にしています。旅行中の天気予報はすべて雨(時に大雨)なので大した写真は撮れないと思いますがそれなりに楽しんでこようと思います。2009年がこれを読んでいるみなさまにとって幸せな年になりますように。

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