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2006年01月05日
タイ語を5ヶ月間勉強してみて、そして習得に失敗してみて、もうちょっとできるようになりたかったなーと思っていました。もちろん、実際ちゃんと先生について勉強したのは3ヶ月くらいだったし、3ヶ月で普通にしゃべれるようになろうだなんて野望だし、どれくらい出来るかは分からなかったんですが、それをしても、やっぱり自分が期待したほどはできるようにならなかったなーと残念に思っていたんですね。ですが、今回本腰を入れてイタリア語を勉強しようと思って、6月頃から、日本ではNHKのテレビイタリア語会話 のテキストを買ってきて一生懸命見たり、アメリカでもテキストやオーディオテキストを買ってきて勉強したりしていたんですが、先週、そのテキストのうちのひとつの、"Introduction"のところをぼんやり眺めていてハっとしました。すごく意訳ですけど日本語で書いてみます(写真はそのテキストのカバー)。
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語学習得の一番良い方法は、「シリアス」に「プロジェクト」として取り組むこと。 たとえば30分なら30分、最低時間というのを決めて、かならず「毎日」やること。 Regular study というのが鍵です。全然上達しないなぁ、と思っても辛抱強くやる。 「できた」と感じる日と「できない」と感じる日はかならずある。 ひとつのトピックに関して「できない」と思っても辛抱強く、自信が持てるまでやる。 言語習得は、運転技術習得に似ている。 運転についてテキストを勉強するのはとても大事だけれど、実際に運転してみないと、どうやって車をコントロールするかは身に付かない。 大きい声で繰り返ししゃべってみる(家族には前もって忠告しておこう)。 一緒に学ぶ人がいれば上達も早い。 ひとりよりはふたりのほうが確実に上達する。 言語を耳で聞くことは非常に大事。CDやインターネットを利用してその言語を母国語とする人の声を聞こう。 車の中、ガーデニングをしている外、部屋の中、常に音楽のようにその言葉のCDをかけると効果がある。 テキストはしまいこまず、つねに近くに置いておく。 復習は非常に大事。時間をかけて復習をすると必ず記憶に残る。
って書いてあるんですが、私がハっとしたのは、とにかく一番最初の部分。「シリアス」さが足りないのでは、ということです。これを読んでからは毎日1チャプターずつやって、Aさんも巻き込んでふたりでお互いの名前なんて知り尽くしているのに、Come si chiama?なんてバカげた会話をしてますが、それまでは、「やんなきゃー」と思いつつも日々のことに流されてやったりやらなかったりで、そういう姿勢がダメなんだと思いました。とにかく「毎日」「シリアス」に、ということで頑張ろうと思います。イタリア語に限らず、英語だってタイ語だってきっとそうですよね。
それにしても日本は語学番組が充実していて良いですよね。NHKのイタリア語会話は遠藤久美子さんすごくカワイイし、パパイヤ鈴木さんのダンスで覚えるイタリア語もまったりしてて楽しくて、すごく好みでした。今から日本に帰って母のHD-DVDに録画されているのを見るのが楽しみです。
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関連カテゴリ:イタリア生活 英語
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2005年06月02日
マックをタイガーにしてから(これってコンピュータ分からない人には全然わかりませんね、私のアップルのコンピュータのOSを最新のものにしてから、という意味です)、どんなアプリケーションでも、ん?と思う単語をハイライトして(だいたいダブルクリックでいける)、コントロール+クリックすると、"Look up in Dictionary and Thesaurus"、つまり「辞書で調べる」というメニューが出てくれるので、シソーラス大好きな私としては大変に助かっています。論文を書いていて、同じ単語を頻出させたくないときに大活躍のシソーラス。だからというわけでもなんでもないんですが、日本に帰ってきてから、「あああ、乱用誤用されてるなー」と気になりまくる単語、"Reasonable"についてちょっと書きたいと思いました。いやぁ、リーズナブルってよく聞きますよね。もはや日本語ですね。でもだいたいにおいて間違って使われているので少し違和感があります。分かっていて正しく使ってらっしゃる方はご了承ください。誤用が多いな、と思っただけですので。まず、そのシソーラス(類義語辞書)で調べてみると以下のようになっています。
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Reasonable (adjective)
a reasonable man | a reasonable explanation: sensible, rational, logical, fair, fair-minded, just, equitable; intelligent, wise, levelheaded, practical, realistic; sound, reasoned, well-reasoned, valid, commonsensical; tenable, plausible, credible, believable . you must take all reasonable precautions: within reason, practicable, sensible; appropriate, suitable . cars in reasonable condition: fairly good, acceptable, satisfactory, average, adequate, fair, all right, tolerable, passable; informal OK . reasonable prices: inexpensive, moderate, low, cheap, budget, bargain, downmarket; competitive .
多分、日本語になってしまっている"Reasonable"は、この一番最後の訳だと思うんですね。ですが、私がうーむ、と思うのはこちら。いまグーグルして、実際にウェブにある表現を拾ってきました。日本語ヘンなものもありますが、私の文章ではありませんのであしからず。あ、私の文章も日本語ヘンですが。
「コストダウンを実現して、お客様に、高品質の物をリーズナブルなお値段でご提供しております」
「このイタリアンレストランは、高級感を保ちつつも、ここまでリーズナブルな値段であるというのは特筆すべきポイント」
「最高級黒毛和牛”石垣牛”を独自のルートでリーズナブルにお届けします」
いやぁ、違うんですよ、それは。という感じ。で、使い方として正しいな、と思えるのはこちら。こちらもグーグルで出てきた物です。
「高機能で価格も高い製品ではなく、そこそこの機能で普通に使える安いパソコンが欲しいという人は多いだろう。では今はそんなリーズナブルな機種にはどのようなものがあるのだろうか」
「ホテルは泊まるだけでOKというお客様に、駅に直結、観光に ビジネスの拠点に便利なホテルをリーズナブルな価格でお出迎えします」
つまりですね、Reasonableを言葉として分けて考えると、Reason + ableなわけですね。「安いのには訳がある」わけですよ。高品質が"Reasonable"な値段であれば、つまりそれは高いわけです。安かろう悪かろう、高かろう良かろう(こんなことわざない)なわけです。
でもまあ、だんだん「日本語」としての外来語になってくると、これはもはや新たな意味になってきてしまうと思われるので私がここでちょこっとこだわっていても仕方のないことなのですね。いつまでも違和感感じてる場合じゃなくて、ちゃんと「新しい日本語」も勉強しなくちゃいけないのかもしれません。
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関連カテゴリ:英語
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2005年03月01日
ご縁あって、都内T大学とR大学の学生さんたちが参加している、eメールによるゼミに、添削者として私もお邪魔させていただいています。「添削者」とはいっても、指導する側というよりはどちらかというと、私も勉強させていただいているという意味合いの方が強く、若い大学生の皆さんと一緒に切磋琢磨できるという魅力的なゼミです。お誘いくださったH先生、ありがとうございます。本当に勉強不足である政治・経済のことを、本当に少しずつですが、先生や学生さんたちに教わるような気持ちで勉強させていただいています。一応「英文の和訳の添削」という形をとっているため、基本的には英語がトピックとなっていますが、こうしてアーカイブにして残しておくと、英語のこと、私が勉強させていただいたこと、その他にも興味深い雑談など、様々なことをここを読んでくださっている皆さんにもシェアできるかと思い、こうしてウェブにも載せることにしました。
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このeゼミのコンセプトとしては、簡単に言えば「英Economist 誌の"Business this week"や"Politics this week"をゼミの学生さんたちが和訳して、英語と内容を同時に勉強しちゃおう」ということになります。個人的にも、ビジネス英語・経済英語がたくさん出てくるのでとても有意義なゼミだと思います。基本的には、こちらのEconomist Online: Buisinessのページ から"Buisness this week"というリンクと、こちらのEconomist Online: Worldのページ から"Politics this week"というリンクに行くと見ることができる、2つのアーティクルを使って、学生さんたちがそれぞれ段落ごとにひとつずつ、英文和訳をするというシステムです。
(特にこの記事などに興味がある方は、E-mailでこれらの記事を受け取るのは無料ですので、Economistに登録して みると、登録途中にこの2つを含めた4つのニューズレターを購読するかどうか選ぶステップがありますのでいかがでしょうか。)
ところで、ここで私の添削をシリーズを通して読む場合は、eゼミシリーズ のカテゴリーから読むと順番としても読みやすいかと思います。アーカイブでは、"Buisiness this week"はBTW、"Politics this week"はPTWと便宜上省略しています。私は週に2回、A子さんとB子さんから提出いただく、BTWとPTWそれぞれ週に2つずつ担当させていただいていますので、基本的にはその2名とのやりとりの掲載となります。A子さんもB子さんも、ひとつのメールにその週のBTWとPTWをまとめて書いて送ってくださることが多いので、掲載上の都合から最初のひとつ(BTWかPTWのいずれか)には、たくさん雑談メッセージを載せて、もうひとつには全く載せていなかったりしますが、ご了承ください。
尚、H先生から掲載の許可はいただいています。実際和訳をした学生さんには、承諾をもらう前に、まずは「このような形で載せますが」という例を見せようと思っているので、このような形のスタートとなりました にも掲載許可いただいています。今後何回のシリーズになるかは今のところは不明ですが、できる限り、自分の勉強のためにも続させていただければいいな、と思っています。
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関連カテゴリ:英語 eゼミシリーズ
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2004年12月23日
というタイトルにしましたが、別に日本人の優柔不断さだとか表現力の甘さだとか欧米人に対する劣等感だとかそういうのにカツを入れようとしている訳ではありません。
つまり、Literallyに(文字通りに)"No"って英語で言えてないという話です。いや、全ての日本人ではないです。当然ですが。
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私がアメリカに来てから、1ヶ月以内のことですが、もう、本当に誰だったのか忘れてしまって本当に自分の記憶力が憎らしいのですが、誰かに、"No"の発音を注意されたことがあります。「マサミ、別に意味は分かるからいいけど、『ノー』じゃないよ、『ノウ』だよ」と教えてもらったんです。今思えばものすごく素晴らしいアドバイスですね。誰だったか忘れちゃったけれど、本当にありがたいです。だってハっとしたから。
英語を話す人って、アメリカ人なら特に、わりとオーバーアクションというか、言葉に感情をかなり込めがちだと思うんですけど、これを読んでピンとこなかったり、「?」と思ったりする方は是非、自分で「ノウ」と言ってみてください。それでもピンと来ない方はエキサイトのページ にオーディオ があるので是非聞いてみてください。「ちがいます」と落ち着いて言う感じよりは、英語かぶれした人のように、「チガァーウヨー」という雰囲気に似ています。Noは「ノウ」と言うと、歯切れが良くなり、「!」を付けた感じの言い方になるのです。「ノウ!」というような。
私は別に言語を研究している訳でも発音について良く知っているわけでもないのでエラそうなことは言えないのですが、日本人は、少なくとも、あまり知らない人の前などでは感情を出しながら話すという習慣はないように思います。ですから、知り合ったばかりの人に"No"と言うときは、どちらかというと感情を抑えながら「ノー」と言ってしまうことが多いんじゃないかと思いますね。
しかも"No"という言葉は日本人にとってはどちらかというと強い否定な気がするので、なんとなくさらに抑えがちになって、しかも何度も繰り返し、「ノーノー」と言ってしまうことは多いんじゃないかと思いました。少なくとも私はそうだった気がします。でも本当は「ノウ!」という感じなんですよね。つい最近日本人の若い留学生の子を見て「ノーノー」と言っていたので、ああ、私だけじゃなかった、とふと思ったのでした。
さてそういうのは"No"だけじゃなくて他にもいろいろあるんですけど、「通じるけどちょっと違う」という意味で似ているのは"Me"ですね。「ミー」じゃなくて、どちらかというと「ミ(メ)ィー」という音に近いと思うんですがどうでしょうか。いや、だいたいにおいて英語をカタカナ表記しようとするところがもともと無謀であり間違っているんですけどね。でも他に表現のしようはないですよね。ミに近いメに小さなィを付けて、歯切れよく終わる、といった音です。日本人の若い留学生なんかは「ミーミー」と言ってる感じがしますね。通じるから全く問題はないんですけど。
基本的に、習慣や文化の違いで言語って難しくなるよなぁ、と当たり前の事をいつも思います。今まで割と礼儀正しく大人しくお話をするタイプだった私(?)が、ある日突然「ノウ!」なんて言えないよなーと思ってしまうのです。とはいえ、もはや多分平気で言ってるんでしょうけれど。あーあ、かぶれたくないけどこればっかりは仕方ないですよね。どっちに転んでも何となくカッコ悪い気がします。
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関連カテゴリ:英語
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2004年10月15日
以前 にわりとちゃんと対策について書いたつもりだったんですが、コンスタントに「TOEFLで点数を上げるには?」という質問をいただくので読み返してみたらあんまりポイントを突いたアドバイスではなかったような気がして、さらにちょっと日頃思っていることを書いてみることにしました。
でも、「TOEFL用の勉強」というのと「英語力の向上」というのは基本的には違うと思っているので、今回はかなり私の理想をあきらめて、かなり割り切って、「TOEFL力」の向上にポイントを置いてタンタンと私がやったことを書いておきますので、参考にする方はどうぞ。でもあまり本意ではないのはご了承くださいね。
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まず自分の点数を書いておくことにします。私はCBTで273点、つまりPBTの点数になおすと640-643点です。8年もアメリカにいるので多分普通です。もっと頑張ればいいのに、と自分でも思います。これより高得点を持っている方はもう読まないでくださいね。私の経験はきっと参考にはならないことでしょう。
生まれて初めてTOEFLを受験したのは2年前で、点数はCBTで253点、PBTになおすと607-610点でした。1年後受けたら、CBTで267点、PBTだと630-633点になって、今年勉強を2ヶ月くらいして2年の合計で30点くらい上げたという感じだったので、「対策」としてはそんなに悪くなかったんじゃないかと思います(もちろんもっと努力すべきだったとは思うんですけど)。というわけで私がやったことをレシピ風に書いておきます。
予算:
参考書など:$70、受験料:$130で合計$200程度
用意するもの:
問題集、辞書各種(英英辞書、英和辞書など)、ノート、コンピュータ(インターネット上にある問題などを解く)
やったこと:
1. Full-Lengthの問題を時間を計りながら解く
2. 1の完全分析(やり方は以前書いたもの を参考にしてください)
3. TOEFL参考書を使って弱かった部分から先にLessonを解いていく
4. 買った参考書に載っている全ての問題(例題なども「全て」)を分析をしやすいように"G"マークをつけながら(詳しくは以前のもの を参考にしてください)解いていく
5. 私は動詞のto xxxとxxxingの使い方の特殊例に弱かったので、それをフラッシュカードに書いて覚えました(あんまり覚えられなかったけど、マシにはなりました)
6. Full-Lengthの問題を時間を計りながら解く(問題集などに載っているもの):2、3種類
7. 6の完全分析
8. 1と6を繰り返し、完全分析
こういう感じでした。私が思うに、ただ漫然と問題集を解いているだけでは点数はあがらないと思います。あと、これは私だけのポイントかもしれませんが、ノートにきれいに解いていかないと、あとで振り返ることができないので、そのへんの紙の裏に解答を書いていってもダメなんじゃないかと思います。だって、上のプロセスの中で、私が本当に勉強したなーとか本当に時間をかけたなーと思えるのは「完全分析」の部分なので。自分が何に弱いか、というのを把握する意味でも重要ですが、「同じ問題が出たら絶対間違わない」というのはそれなりにものすごく大事だと思うからです。
TOEFLに関して言えば、TOEFL力と英語力の両方が出てしまう試験なので、「本当の英語力」というのがはかれるかどうかは謎ですが、私は同じ年にTOEFLを2回くらい受けて、全く同じような点数だったので、結局ちゃんとした試験なんだなーと思います。せっかく対策して試験を受けるなら、その英語の勉強が、何かの入学試験などの意味だけではなく、自分の将来に役立つようになるといいですよね。
追記(10/22/2004):質問がいくつかあったので、それに関して追記しておきます。
Readingの点数を上げるには:
Readingとひとことで言ってもいろいろなのでコレといったアドバイスはできませんが、Readingは実は一番点数が取れるポイントだと思います。技術的にはこれはどんな参考書にも書いてあるとは思いますが、最初の画面では読まずにすぐにスクロールダウンして次へいき、最初の問題を先に読んでからじっくり本文を最初から読む、という方法は時間の節約にもなりますよね?あとは日頃から英文を読む練習をするくらいでしょうか。つまんない新聞などよりも、エッセイ集やちょっとした短編集などが練習にもなるし面白いと思います。実際に出る文章はエッセイのようなものが多いですしね。
Writingについて:
いかに自分の意見を簡潔にかけるかがポイントだと思います。S+V+CやS+V+Oを基調としたシンプルな文章のつながりが重要なので、やたらとクラウズ(what, which, whom, etc)を使うのはやめたほうがいいと思います。もちろん、確実に使い方が正しいと分かっていて、さらに文章上効果的な場合は使うと点数はあがります。トランジション(接続詞)をたくさん知っているとスムーズな文章が書けると思います。
また、動詞をたくさん知っていると簡潔な文章が書けるのは確かです。例えば、"I made a decision to give him a help."という文章よりも"I decided to assist him."のほうが書き文章としてはプロフェッショナルな印象だと思います。ただし、口語としては前者のほうが圧倒的によく使われることは前提の上です。このためには、私はシソーラス(thesaurus、類義語辞典)の小さいのをつねに机に置いて使っています。これは実は今でも、特に単純な単語を言い換えたい時に良く使っています。例えば、delayという言葉をひいてみると:
postpone, defer, retard, hold up, deter, clog, choke, slacken, keep, hold, keep back, impede, discourage, interfere with, detain, stay, stop, withhold, arrest, check, prevent, repress, curb, obstruct, inhibit, restrict, prolong, encumber, procrastinate, adjourn, block, bar, suspend, table, slow, put aside, hold back, hold off, hold everything, bide one's time, slow up, stall, put off, restrain, put on ice, shelve, pigeonhole, hinder, interrupt
と、ズラリと載っています。でもこれで分かるように、例えばDelayを「あまりにも難しすぎる問題のため、あの人は決断を遅らせている」という意味で使うときと、「ライバル会社がわざとプロジェクトを遅らせている」という意味で使うときでは、類義語とはいえ、選ぶ単語は変わってきます。前者は"withhold"などを使っていいだろうし、後者はそれこそDelayという言葉とは全く違うかもしれない、"obstruct"を使ってもいいからです。こういうふうに、シソーラスを使うとさらに単語の意味を調べる必要が出てきて最初は大変ですが、慣れるとこれ以上役立つ辞書はありません。アメリカ人も同じで、私のAdvisorのValもいつも、シソーラスを使っています。オススメはWebster's New World Thesaurus です。小さく、安く($5程度)、類義語のほかに、ちょっとですが反意語も載っていて便利です(アメリカで買う場合はWebster's New World Pocket Thesaurus )。
あとは熱い気持ちで、エッセイを真剣に心を込めて一気に書き上げると楽しい&成功するんじゃないでしょうか。少なくとも、私は楽しいです。
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2004年05月02日
なんかスゴいタイトルですが、すんごいシリアスに日本の英語教育システムに熱い想いを馳せてみました。数日前に、例の村上龍氏主催のJapan Mail Media (JMM) から来たメールのひとつ、「[JMM268F]「英語の達人...」オランダ・ハーグより」を読んでいて、いろいろ考えたのでちょっと考えをまとめることにしました。このメールマガジンを購読してない方で、読んでみたい方がいらしたら、フォワードしますので私にメールくださいね。
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この内容は、日経新聞の「英語の達人」というコラムを書いてらっしゃる、東京大学教授の斎藤兆史(よしふみ)先生の意見をとりあげ、基本的に諸手を上げて大賛成している、というものです。その斎藤先生のポイントは3つ。
1. 日本語能力こそ語学力の源泉 2. 会話重視の教育は間違い 3. 完全なバイリンガルなど不可能
というものなのですが、私も諸手どころか、あと2本手があったら4本全部あげて賛成したい、と思ったのです。
まず話の都合上自慢から入ることになってしまいますが、ご容赦くださいね。まず、私は文章の上手下手は置いておいて、とにかくひたすら書くのが大、大大好きです。ココロにある自分の気持ちをひたすらせっせと言葉にするという作業も好きだし、それをちまちまとこうしてタイプしたり、文章にしていく作業というのは、ヘンな話、なんだか取り憑かれたようにやってしまうちょっとジャンキーな興奮を伴うものだという実感すらあるほどです。
それは不思議なことに、言語を問わず(といっても私が他になんとかお話できるのは英語だけですが)、英語であってもどうやら同じみたいなんですね。論文などの、ちょっとかしこまった形の文章であっても、私が発見したこと、データのまとめ、などなど言葉にして形にしていく作業はとにかく好きです。だから、私にとっては、マルチプルチョイス系の試験勉強をしろ、といわれると、うへぇーとなってやる気もなくなりますが、明日までにこの内容でペーパーを20枚書け、といわれても、おお、20枚か、とは思うかもしれませんが、なんとなく嬉々として取りかかるだろうと思います。
つまり何がいいたいかというと、私が何か勉強をするときに、それが日本語であろうが英語であろうが、結局、得意(好き)なこと、そうじゃないことはほぼ同じということです。ということは、要は英語はツールでしかなく、ここに、「英語」という科目が好きかどうか、という問題は皆無といっていいほどないのです。少なくとも、私は今までの人生で「英語が好き」と思ったことは、これは大げさでもなんでもなく、一度もありません。好きどころか、嫌いと思ったことすらあるくらい。
ただ、私は国語は好きでしたね。それは確実に言えます。高校では読書感想文を書いてあげるアルバイトをしていたほどです(ひとつ500円という、今思えば格安のバイト。もう少しとればよかった)。小学校でも中学校でも高校でも、国語の教科書を受け取ると、その日はその教科書にのっている読み物を全部読んでいました。古文でも漢文でも、そのときは分析なんかしないのでなぜ好きなのかは分かりませんでしたが、今となって思うと、何かココロのなかに形のないものとしてふわふわ浮かんでいる感情や気持ちが、言葉となって字となって(たしかに言葉というものの限界はあっても)つづられている、ということが何かものすごく私の興味をひいたんだろうなぁと思います。国語の教科書なんて、丁寧に、問題付きですからね。「ここで筆者は何を暗示しているか」なんて問題があるとわくわくして答え探しをしていました。
エラそうに言いますが、私は英語で何かを読んでいても、同じ気分を持つことが多くあります。要は、本当に、英語、というのはツールであって、文章をくみとったり、簡潔に言ったり、人を傷つけないように使ったり、逆に攻撃的に使ったりというのは、少なくとも私にとっては日本語だろうが英語だろうが、結局は同じくらいのレベルで行っていると思うのです。
私は、グラマーの間違いがひとつもない英語の10枚以上のペーパーを書いたことはない、とハッキリ言えます。でも、日本語で書いても同じだろうと思うのです。日本語として間違いのまったくない10枚以上の作文を書く自信はない。実は私に、惜しみなく、「あなたの文章力は素晴らしい」と賛辞をくれる数少ないふたりがいるのですが、そのふたりとは友達でもう卒業してしまったブレンダと、私のアドバイザーのバル。バルは私の師なので、もしかしたら、私を励ましてくれるために言ってくれているだけかもしれない、というコトがあるのでここでは言葉半分で聞いて、感謝しておくことにしますが、ブレンダはすごかった。彼女は自分のクラスの宿題でペーパーがあるたびに、私にもってきて、話の流れと言葉遣いをどうか訂正して、と言ってました。そのかわり、わたしのミス、"a"とか"the"とか単数とか複数とか時制とか、そういった「英語が母国語ではない人」がよく間違えるミスを、教えてくれていましたが。私はそんなに英語での文章力に自信があったわけではなかったのですが、そのブレンダがまるまる2年間そうやって私をほめ続けてくれたおかげで、なんとなく、そうか、私もちょっとはできるのかもしれない、というセルフエスティームにつながったほどです。
まとめると、私はいわゆる「国際社会」にいるわけではなく、単にアメリカに、日本人として生活しているだけなのでこのあたりの見解は全く多面的ではないかもしれませんが、私の「文章を書くのが好き」という気持ちは、今のところ、言語を問わない、ということですね。英語と日本語の2コを比べたくらいでエラそうなことは言えないかもしれませんが。
ゆえに、ですね。斎藤先生のおっしゃる、1. 日本語能力こそ語学力の源泉、というのに深く、ふかーーく、頷いてしまうわけです。会話力、とかそういうのは「語学力」というよりはどちらかというと環境的、性格的なもの。日本語でもおしゃべりなひとはおしゃべりだし、社交性があるひとはある、ないひとはない、キチンとした会話ができるひとはできる、失礼なことばっかり言っているひとはいる、というように、結局会話力というのは文化背景と、そしてその人の性格などにかなり起因する力だと思うのですね。逆に、語学力というのは「物事をロジカルに考えることができ、そのロジカルに考えた事柄を人に伝えることができる」という能力を含んでいると、ものすごく思うのです。日本語で物事を簡潔に、正しく、キレイに伝えることができるひとが、ツールとしての英語を学ぶと、英語で同じことができる、と私は強く思います。そして悲しいことに逆もアリ。日本語を良く扱えない人は、どんなにツールとしての英語を学んだとしても、英語を良く扱えないと思うのです。
そして、2. 会話重視の教育は間違い、というのにも絶望的に賛成します。なぜなの?日本の偉い方々。会話は、だいたい3ヶ月、必要にせまられれば誰でもできるようになるのに。もうすぐ会社の出張で海外へ、となったら人は必要にせまられて会話くらいできるようになる。高校卒業してすぐの18歳の留学生は、1ヶ月もしないうちにアメリカ人の友達と仲良く遊んでますよ。"How's goin'?"が理解できなくてもその人の教養の深さは変わらないと思うのです。しかも、「学校」「大学」というところが教えるのはそんな、「会話教室」で学べる、あるいはちょっと外国に行けば学べることであってはいけないはずなのに。このもどかしさは、悲しいほどですね。小学校で英会話を導入するほどだったら、日本語教育にもっともっと力をいれて、語学習得というものに、どれだけ、正しい語学センスというものが必要かを叩き込んだ方が100億倍は効果的だと思う。私はもっともっと、日本語というものを、学校という場所で、理論として学びたかった。そしたら私の現在の英語力もまた違ったものになっていたと、強く思います。
最後に、3. 完全なバイリンガルなど不可能、という部分、真理だと思います。そんなのを意味なく目指すと痛い目にあいます。そんなこと不可能、と謙虚にわきまえるのは非常に必要です。アメリカにも、両親が日本人の子供達がいっぱいいて、英語を自在にあやつり、日本語も理解して、どちらも完璧な発音で、「おお」と思うこともありますが、それは、何かを確実に犠牲にしているのですよ。日本語が理解できても日本の社会を知らない。近所の人との日本式のつきあい方はしらない。だからといって、アメリカでも、完全にアメリカの社会を経験しているかというと、そうでもないのです。小さいころに日本語教育のために放課後お友達と遊ぶ時間を割いて、日本語の学校にいったりしているのです。両親は自分ほど英語ができないから、ココロのどこかで、そのあたりの部分での両親への尊敬すら失ったりするらしいですよ。
人間の生命に限界があるように、時間枠の中で学べることには限界があると思うのです。英語教育に力を入れればいれるほど、なにか大事な日本語の能力をちょっと横に寄せてしまっている、という重大なリスクを日本の偉い人は忘れているような気がするのです。
ところで、ここまでダラダラと熱い想いを書いて思いましたが、読んでくださった方がいらしたらお分かりのように、私の文章力なんてこんなもんです。分からないところ、意味不明なところなどあっても目をつぶってやってください。ご想像通り、英語で書いてもだいたいこんなもんです。語学力って深いなぁと思います。精進します。
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関連カテゴリ:英語
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