プロフィール

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こんにちは。武内真佐美です。10年近くアメリカワシントン州での学業・研究生活を送った後、半年間タイのバンコクで研究し、2006年2月からはイタリアのローマにある国連食糧農業機関 (FAO) の本部で国連職員として仕事をしています。床に座り込んでくだらない本を読むのが何より好きです。栄養学の研究が専門なんですが実は料理はそんなに得意じゃないかも。

基本情報
名前:武内真佐美
性別:女
生年:1973年
星座:山羊座
家族:旦那様のAさん。
住所:イタリアのローマ市。日本の田舎町に旦那様が住む(私の帰る家)。
仕事:栄養学博士、管理栄養士。ワシントン州立大学研究職+教職を経て、研究のためタイのバンコク市に単身赴任、その後ローマにある国連食糧農業機関 (FAO) で国連職員として仕事をしています。

本当に訪問者が知りたい20の質問
題名の通り、本当に訪問者が知りたい20の質問に答えてみましたのでぜひどうぞ。

キャリアプロフィール
大げさすぎて笑っちゃう私の宣伝的なキャリアプロフィールです。

日本で栄養学を学び、その後2年間臨床栄養士として勤務。22歳で国家試験に合格、管理栄養士を取得。1996年に渡米しワシントン州立大学にて食品科学と栄養学で学士(1999)、栄養学で修士(2001)、食品科学・栄養学と副専攻統計学で博士を取得(2004)。大学院在籍時はTeaching Assistant (TA) として大学で講義、あるいはResearch Assistant (RA) として教授と研究などの経験を持つ。米国ではワシントン州立大学の他にアイダホ大学、オハイオ州立大学、コロラド州立大学などとの共同研究の経験有り。タイ王国ではカセサート大学、チュラロンゴーン大学での共同研究を行う。日本の大学との共同研究にも興味を持ち、筑波大学、熊本県立大学、長崎活水大学などとの関係を持つ。


研究の興味、専門はFood Safety(食品安全、公衆衛生学)で、微生物学(E. coli O157:H7、Salmonella spp.、Vibrio spp.など)、消費者教育(教育教材の作成、サーベイによるインターベンション)などに力を入れる他、一般に新しく問題視されているトピック(遺伝子組み替え食品、BSE-狂牛病など)や消費者の興味をひいているトピック(ダイエット、漢方などの東洋医学、サプリメントなど)についても強い興味を持っている。

また、アメリカにおける最新の教育システムにも興味を持ち、食品科学・栄養学の教育方法、臨床栄養士のあり方、栄養相談のあり方などにも意見を持つ。システムとしてのアメリカの栄養学に感銘を受けると共に、日本の食文化に大きな敬意と興味を抱き、アメリカが持つ栄養学上での問題点と日本が持つ栄養学上での問題点、またはそれらの移り変わりについて敏感に研究。さらにその発展として、それぞれの違った文化がもたらす世界各国での食品安全、公衆衛生のありかたの違いに大きな興味を持っている。

2006年2月よりイタリアはローマに本部を置く国際連合の専門機関、食糧農業機関(Food and Agriculture Organization, FAO)にリスクアセスメントを中心とした食品安全専門官として勤務。途上国を中心に食品安全に関するキャパシティビルディングプロジェクトを行ったり、食品安全の国際規格であるCodex Alimentarius規格(単にコーデックスと呼ばれることもある)の策定のための科学的根拠助言に関する仕事を世界保健機構(World Health Organization, WHO)と共に行っている。

古いプロフィール
そして以下は、私が1997年に書いたプロフィールが残っているので、それをここにペーストしておきます。長いので覚悟が必要です。というより、よっぽど私に興味がないかぎり、読む必要はありません。どうしても読みたい方だけ読んでください。

こんにちは。遠山真佐美(結婚前でした)です。普通の日本人です。アメリカに来るまでは、もちろん他の国に住んだ事もそれを想像した事もなかったので、日本人だけの社会に生きている、ということをそれほど意識せずに暮らしてきました。でもアメリカに来てからはその考えはかなり変わりました。アメリカ人って金髪だったり茶色の髪だったり、青い目や緑の目、白い肌、黒い肌、褐色の肌、などなどカラフルですよね?その色の違いと同じくらいみんな違う意見や考え方を持っているんですね。日本人はよく、平凡が一番とか、みんなと同じくらいに、とか人並みに、とかそういうのが好きな気持ちが強いような気がします。その考え方を持つ事ははきっと、日本の社会の中で生きるためにはとても大事なことだし、人との調和をとりつつ協調性をもって生きていくコツだと思うんです。でも、こうしていろいろな文化の混じりあったアメリカの社会の中では自己主張というのはとても大事なことだと、私は思いはじめました。私は自分を売り込んだり主張したりするのは得意ではありませんでしたが、アメリカでの生活では自己主張をした方が得な事が多いような気がします。そしてこれが私が個人ホームページを作ろうと思った理由なんです。私もWWW上で自己主張をしよう!


私は熊本県熊本市の出身です。熊本はいいところですよ!水はおいしいし、景色はいいし。阿蘇山が有名ですが、行ったことがある方も多いのではないでしょうか?周りにある草千里もいいところです。熊本市内もそんなに悪くありませんよ。見どころはたくさんあります。市内からドライブで3時間ほど走ると天草につきます。天草は長崎だと思っているヒトも多いみたいですが(多分天草四郎からそうきてるのでしょう)れっきとした熊本の一部です。天草の海はとてもキレイで観光客もたくさんやってきます。美しい熊本城、とにかくおいしい水、それからつくられる日本酒、馬刺をはじめさまざまな自然の味をいかした郷土料理、極楽気分が味わえる温泉、と熊本はいいことづくしです。九州に旅行の際はかならず熊本にきてくださいね。絶対熊本の事が好きになるはずです。私は熊本が大好きです!

私は長崎は活水(かっすい)というところの食物栄養科とその専攻科を卒業しました。活水はとての雰囲気の良い大学で、オランダ坂をのぼったところにあります。さだまさし氏の「絵葉書坂」という歌になった場所で、本当に感動するほどキレイなところです。3年間の生活の中、私は活水でたくさんの良い友達に恵まれました。

アメリカに来る前まで二年ほど私は病院で臨床栄養士として働いていました。仕事は他のどんな仕事とも同じことですが、とても大変でした。でも、その大変な中で私はいろいろな経験をさせていただいたのでとても幸せだと思います。いろいろな年令、職業の人に出会い、貴重なお話をたくさん聞く機会にも恵まれました。管理栄養士国家資格受験資格をもらった22歳の5月に受けた試験で、無事に管理栄養士になりました。今までやってきた努力が実った、という気分がしてとても嬉しかったのを覚えています。

1996年に渡米し、私は英語の勉強を始めました。留学したワシントン州立大学にはIntensive American Language Centerという語学学校が付属していて(基本的には独立していますが)、そこで留学生の多くが英語を学ぶのです。この厳しくも楽しい英語学校に入学して半年後の1月にWashington State University(ワシントン州立大学)に編入が許可され、2年半のちの1999年5月に無事、栄養学にて学士をいただき卒業しました。学位の正式名称はBachelor of Science (BS) in Food Science and Human Nutrition (FSHN)です。

大学卒業後すぐに私はそのWashington State University(ワシントン州立大学)の大学院で修士課程に入り、2001年5月に無事、栄養学修士をいただきました。2001年6月からは博士課程で勉強させていただいています。また、同栄養学部で私は1999年の9月からティーチングアシスタント(TA)としてFSHN 120というコースのラボを受け持っていました。週に2回、クラスを教えるのは緊張するし責任も重く、自分の本当の力を試されてしまうシビアなことでもありましたが、私もこれまで受け持った200人を超える生徒さんと一緒に様々なことを学んだと思います。教えるという立場になって初めて知りましたが、教えるというのは学ぶことの大きな一部なのですね。修士を取得後の2001年のFall学期は、FSHN 130というクラスのTAをさせていただきました。これはそれまで教えていた少人数のラボ(30人前後)とは全く違って、250人ほどの学生が大講堂にて受ける大きなクラスでしたので、また違う経験と成長をさせていただいたと思います。

仕事といえば、大学院に入る1999年の夏までは、私はテクニカルアシスタント(Tech. Assist. II)としてキャンパスにある英語学校、Intensive American Language Center (IALC)で働いてました。仕事内容は主にコンピュータールームのモニターや、コンピューターのクラスをアシストするのが仕事でした。また、日本の大学(主に日本大学商学部と法学部、そして関西外語大学)からの特別プログラムでのお世話もさせていただいたりしました。留学生が合法的に仕事ができるのは大学のキャンパス内で、週に20時間以内という厳しいルールあるのですが、それでもこのような仕事や、時々入ってくる日本語の通訳や翻訳の仕事で、アメリカにいる日本人留学生が仕事をいただくことは多いと思います。

私は渡米当初は英語もできなかったし、アメリカという国をステレオティピカルに見ていて、怖い、危険な国だと思っていましたが、現在はだいぶ快適に生活を送ることができるようになっています。小さな町に住んでいるので毎日刺激的なことが起こるわけでもないし、こうして長く普通に毎日を送っているのですが、それでも、まだまだアメリカではいろんなことが新しく思えるし、出会う人出会う人みんな興味深くて楽しいです。驚くべきことに、今までアメリカで出会い、知り合った全ての人が、親切で暖かく、私は本当にラッキーだと思います。ですから私には昔のアメリカのイメージはもう全くなく、今はここが、とくにこの愛すべき田舎町が大好きになって、離れるのを考えるだけでつらいほどです。

私は映画が好きです。私の住むPullmanという町は本当の田舎町なので、それ以外にこれといったイベントがないので、自然に映画好きになってしまいました。自然豊かなこの地では、アウトドアのアクティビティーを楽しむ機会もたくさんあります。ハイキング、クロスカントリー、スノウシューイングなどなど、私がそれまで楽しむとは思えなかったようなことが本当に心の底から楽しいのです。その中でも魚釣りは好きです。日本にいた頃は釣りなんてやったこともありませんでしたが、こんな大自然に囲まれたところでやらないなんてもったいない!と思うほど好きになっています。スネイク川では信じられないほど大きなサーモンが釣れるし、アイダホのスプリング湖ではキレイでおいしいニジマスがたくさん釣れます。冬に凍ったスプリング湖の上を歩き、ドリルで穴をあけてのアイスフィッシングの楽しさは、伝えるのがもどかしいほどす。ワシントン州中部にあるモーゼス湖はちょっと遠いけれどたくさんマスが泳いでいるらしいです。日本の友人は、私と魚釣りという関係にかなりのギャップを感じるらしいのですが、魚釣りって本当に楽しいですよ!

また、他のたくさんの日本人のように、私も旅行は大好きです。きれいな自然の風景を(自分のために)写真に撮るのも大好きです。スポーツではテニスが好きです。ストイックにジムのプールで黙々と泳ぐのも好き。ピアノを弾くのも好きです。音楽を聞くのももちろん好き。基本的にはヴォーカルジャズが好きですね。また、テレビも大好き。特にアメリカのシットコム(笑い声付き)などはたまに特に質の高いものがあり、いつも大笑いして見ています。ちょっと名前を挙げると、That 70's Showとか、Will & Graceとか、Everybody Loves Raymondとか、もちろんFriendsも好きです。あとは、ほとんどの女の子と同じように電話でのおしゃべり好きですね。私の母も電話好きなのでたまに二人で話してると永遠に会話が終わらなかったりします。

土地でいうのなら、生まれ故郷の熊本の次に、住んでいるPullmanという町を愛しています。住んだことはないですが、今まで何度も何度も行った、Seattleは特別に好きです。ここプルマンから5時間も車を走らせないとシアトルには到着しないのですが、シアトルは静かでキレイな町だし、大都市ではないけれどほどほど、というところがとても気に入っています。カフェブームの発祥の地だけあって、3歩あるけばカフェに着く、というのもあながち冗談になりえないほど。シアトルにはNBAのチーム、スーパーソニックスもあるし、シアトルマリナースもケングリフィJr.やアレックスロドリゲスのお陰で有名ですね(もちろんそのあと彼らは両方とも移籍し、佐々木選手やイチロー選手でさらに有名になりましたね)。私はシーズンに数回試合を見に行ったりします。とにかくSeattleは何かひどく私の興味をそそるものがあり、不思議に魅力的な町です。その他、旅行で行った場所だと、サンフランシスコは好きでした。何と言ってもチャイナタウンの飲茶でしょう!雰囲気もいいし、おいしすぎる。こうやって書いていると、私って何でも好きみたいに見えますね。

でももちろんたくさん嫌いな事もあります。スパムやチェーンレターみたいな意味のないe-mailが届くと本当に頭にきます(今や頭に来ている場合ではないほどですね)。大人数の前でのプレゼンは、何度やっても苦手です。心臓は狂ったようにドキドキするし、カタカタ膝がわらったりしてしまいます。あと、なにかが「たくさん」ある状態というのが実はとってもきらいです。チョウチョがひらひらたくさん飛んでいたりとか、子供がワーっとたくさん居たりとかアリが死ぬ程たくさんいたりとか、宿題が一度に死ぬ程出たりとか。そういう状況になると私はパニックになりやすいです。

自己紹介って普通こんなに書かないものかもしれませんが、まあ、こんなところでしょうか。他にどんなことを知りたいですか?どんどんメールして聞いてくださいね。私もたくさんメールを交換しあえるお友達が欲しいです。また、私はいつでもよい仕事をさがしているので、もしチャンスをあげよう!という寛大な方がいらっしゃったらリクエストをくださればすぐにでもResumeをお送り致します。ここまで読んで下さってどうもありがとうございました!

いや、本当に長いですね。私も自分で読んで疲れたので、ここまで読んでくださった方は本当にお疲れ様でした。